0570_月の時代が終えて太陽の時代が始まる.mp4

ヨガの世界においてもインドの哲学でも今は月の時代で、それはやがて終わり、次に太陽の時代が訪れる、、、と言われています。

日本のイザナギ、イザナミ神話もよく見てみると、まさに今の時代が月文明の時代であることがわかります。

それは不思議なことに、占星術の月と太陽によっても同様の内容であることがわかります。

月は太陽の光を反射する星で、月自体では輝かないとされています。イザナギが太陽でイザナミを月と考えると、基本の違いが明らかになります。

イザナミは一日1000人の人間を殺すといい、イザナギは一日に1500の産屋を建てると言いました。そしてこの構造は今でも変わっていません。

日本神話においては、イザナギ、イザナミの争いは終えてないことになります。争いというよりも、イザナミの怒りと憎しみが働く世界になっているということでもあります。

イザナギが後に禊してアマテラス・ツクヨミ・スサノオを生んだのですから、イザナギはすべてを生み出す、創造神であることがわかります。

しかし、憎しみに燃えたイザナミは、イザナギが作ったものが憎く、それを破壊したい、殺したい、、、わけです。

この構図は、まさに太陽と月と同じです。月は自分からは生み出すことはできず、マネることしかできません。そして、月は太陽が自由自在に作ったものが憎らしいのです。そして太陽が作ったものを壊し、無くしたいという存在でもあります。

イザナギ・イザナミ神話こそ、太陽と月の構造そのものであり、アマテラスとツクヨミはその一方であるイザナギから生まれた存在です。神話的に言うなら、やがて月によって破壊される存在であるともとらえることもできます。

ならば、岩戸に隠れた太陽はアマテラスというよりもイザナギであったのではないのか、、、の思いも自然に出てきます。そこらへんのことはよくわかりませんが、二神と太陽と月の相関性はかなり高いと言えます。

そして今の文明は月文明であり月時代を私たちは生きていることになります。それは、太陽から奪う形でしか存在できず、記憶や模倣という能力が最高の能力として君臨する世界です。しかもそうした記憶と模倣の疑似創造には、必ず、憎しみが伴い、憎しみの文明を作ることになります。

まさに今の私たちの時代がそれそのものです。人間を作る教育では、記憶、ものマネ、憎しみの強い人が上位に立ち、そうした人が君臨する世界を作り上げていきます。

しかし、太陽的なものを奪えなくなった時点で月の時代は終える宿命をもっています。奪いされば、自分らでは作れないので、終える以外にありません。

月に足場を置くか、自分の太陽を輝かせるか、、、個々である私たちにもその選択が、迫られています。

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