嬉しい予定
長年、コツコツとやっていれば、たまにはいいことがあるものです。
来たる、10月4日の日曜日。中山競馬場においてG1スプリンターズステークスが秋のG1初戦を飾ります。
当日午後2時半から中継されるのが、日曜競馬ニッポン、という競馬番組。ニッポン放送のラジオ番組ですよ。
そこに愛先生がゲスト出演することになりました。ラジオ、新聞、テレビにそれこそ何回も出たことのある私ですが、こんなうれしいことはない。
G1レース当日のゲストですよ。外務大臣より偉いんじゃないかな、、、
内容は私がスプリンターズステークスを予想し、その内容の馬券5000円分を局が購入。もし的中したらその的中分の配当を申し込んであるリスナーで分配する、、、という内容なんです。
責任重大。ここは何としても当てなくちゃ。
皆さんもぜひ、10月4日の日曜は、日曜競馬ニッポンを聞いてください。何せ、G1ですよ。総理大臣より偉いんじゃないかな、、、
話しは変わりまして、なぜかこのところ、聖書の中のイエスの言葉を思い出すことが多くなっています。
教会の教理とイエスの言葉の違いに違和感を覚えたことが昔からあって、自分勝手にイエスの言葉を読んできたのですが、ドストエフスキーも獄中で聖書を精読したらしいのです。
そして、イエスほど暖かで素晴らしい人間はいない、、、というような感想を語っていたと思う。
私も昔からそう思っていて、結局、今の時代というか、この二千年の間、キリスト教は広く世界に広まったものの、本当のところのイエスはむしろ隠されてきている、、、、ことを実感しています。
素晴らしいものを乗っ取り、その名を借りて悪事を働く、、、、そうした構造がこの二千年間の隠されたスタイルだったと思うのです。
美辞麗句、言葉だけ、スローガン、イメージ、、にだまされてきた二千年。
イエスをもう一度復活させることはとても重要な気がします。そんなこと私ひとりにできるわけはないのだけど、それぞれのイエスがいてもいいと思うのです。
私が知ったイエス、、、私が感じたイエスを、聖書のイエスの言葉から探っていく試みを機会があるごとにやってみたいと思います。
時代は何を壊そうとしてきたのか、、、、それは、魂の喜びであり、生きがいであり、感動だった気がします。
魂の感動をスポーツの感動に置き換え、魂の喜びを怠惰な喜びに格下げさせ、愛を低俗な欲求に変えさせて、、、、時代を支配する方法。それがピークに達した印象があります。
そのためには、イエスを奪う必要があったのでしょう。東京カテドラル教会ができた時、私はこれが教会なのか、、、と内心で驚いた記憶があります。
まるで刑務所の中のように思えたからです。古い木造の教会は壊され、近代的な鉄筋の教会になっていった、、、、すべての魂のふるさとを違った感動のないものに置き換える作業が、おそらく意図的に行われていたように感じられます。
その根本は、イエスの抹殺だったという直観。大したことは言えないとは思いますが、私が感じたイエスを語りたい、、、、そんな思いがふっとわいてきました。
イエスの語った内容はほとんどが逆説です。この世の苦しみは反対の喜び、、、この世の喜びは何か大事なものを捨てているという構造。
悲しんでいるものは幸いである、、、彼らはなぐさめられるであろう、、、
山上の垂訓の一部ですが、イエスの言葉にあふれるやさしさ、愛、逆説の人生観、、、それは本当に素晴らしい人情であり、真理だと思われます。
人間イエスに迫りたい、、、なんだか不思議な思いがわいてきましたので、いつとは言わず、ことあるごとに語らせていただくことにいたします。
どうかよろしくおねがいいたします。イエス? なんだかつまらない、、、、とお思いの方も多いと思いますが、ちゃんと話せば本当に面白いんです。
あくまで私のイエス像ですが、読んでいただけたら幸いです。