やぎ座新月
13時。やぎ座新月。やぎ座の星のローズ水プレミアムの調合を終えました。新月後、すぐに月はみずがめ座に移り、運行中の水星と合。確かに色々神経的に、むむっ、、という問題が多い日だった。人生は重荷を負って坂道を登るごとく、、、というが、まさにやぎ座新月にふさわしい感じが個人的にですがした。その昔、私はルル先生に言われたことがある。愛先生は幸せになれすぎてますね、と。何のことだか私にはよくわからなかった。幸せになれすぎているどころか、人一倍苦労していると思っていたから、ルル先生がなぜそういうのかが分からなかった。そして不平を言うと、人の気持ちを大事にしてない、、というか、たとえばプレゼントなどをもらうと、それを誰にもらったかを忘れてしまうところがあったので、そう言われたのかもしれない。確かにそういうところがあった。今は亡きGダビデさんとよく一緒に仕事をした時代があった。Gダビデさんは私が誕生日にあげたバースデイカードを壁に貼っていてくれたことがある。その頃、占星術では私が教授する立場だったが、組織の中ではGダビデさんのほうが上だった。上司にあたったのだから、その上司が机の前に部下のくれたバースデイカードを貼り付けてくれている、というのは、なんだか驚きだった。今思うと、人の思いを大切にしてくれていたことが分かる。私はまた違った意味で人の思いを大切にするほうだが、それは自分にしてくれたことに対する返礼としてというのが無い。みずがめ座特有の冷たさなのだろうか。ルル先生はあまりにあっさりしている私を見て、もらうことになれすぎていたり、人の愛情を当たり前のように受け取る私を見てあーあ、という感情を抱いたのかもしれない。ルル先生にわずかな金額のロイヤルティをお支払いさせていただいた時期があったが、先生のご自宅に伺うと、その現金封筒が中身も入れたまま、ずっととってある、とおっしゃる。私は当たり前のこととして、こんなに少なくて申し訳ないな、、、と思いつつお支払いしていたのに、先生はそれがありがたくて記念にとって置かれた。いま考えれば本当にありがたいお話であるが、私は何か人にして差し上げる場合も、実は、大したことをしているという実感がまったくない。だから人にしてもらう場合にもなかなか血が通うように気がつかないところがあるのかもしれない。そういえば、学生時代もよく恋人を怒らせた。あなたは私が好きというのではなくて、みんなが好きなのよ。個人差がないのよ。私だけ好き、というところがないのよ、、、という怒りをよく買った。そして言われてみて、確かにそうかもしれない、、、と思った。しかしそういう責められ方で愛情を認識させられると、やはりついていけなくなる。自分的には、個人的な愛情が愛情に感じられないのだ。一種の病気だろうか。深い愛情をどこかで恐れているのだろうか。そういう面もあるのかもしれないが、また違う気もする。個人的な愛情は一度どこかに放り出して、客観の世界に灰としてまき、普遍的なものに変えないと、どうしても美しい捉え方ができないのだ。自分の苦しい失恋を、青年期の苦しい時代として普遍的に消化することで私は立ち直ったことがある。その時、歌謡曲の中で、もう恋なんか、、、と自分の運命を呪う感性がとにかく出来なかった。私は激しく恋をし、傷つき、終え、、、そういう青年期を体験したことが嬉しかった。自分の体験を一度普遍の入れ物におとし入れない限り、人は体験に縛られてしまう。愛してる、愛してる、愛してる、でも、別れなければならない、苦しい、苦しい、でも、また生きていく、私は生きていく、、明日から、、、こうして私は生きてきて、やっぱり人生は好きだ、、、という落としいれが無い人生は私は嫌いなのだ。ルル先生は幸福になれすぎと言ったが、個人的体験を普遍の中に落とし入れるのが早いということだと私は言いたかったよ、ルル先生に。自分の体験を大きな世界に入れてしまい、その世界を自分が体験することができることほど、ぜいたくなことはない。私を愛してくれた人も、私を嫌った人も、どちらもきっと大勢いたことだろう、そうして私は生きている、、ということがなければ、その都度、いちいち騒ぎ立てなくてはいけなくなる。騒ぎ立てるにしても、そのことを感性として受け入れていて騒ぐのと、本当に目の前の自分関連によってしかうけとれないのとでは違う。すべてが千年前のことなら、昔昔、、恋をした人がいました、、、と、いうことで大きな世界からその物語を聞くことができよう。自分の生き方を物語として捉えるのが大きな世界に個人的体験を落とし込むこつなのかもしれない。とてもとてもお金に困っている人がいました、、、、ある日、あまりにみじめになったので、、、と自分を見つめればいつだって豊かになれる。恋をして悲しく別れたひとがいました、、、物語はいつまでも続いていく。