圧=光・音・空気、そして意識圧

私たちはエネルギーを得て生きています。エネルギーが途絶えたら生きることはできません。

大切なエネルギーを私たちはどこから得ているのでしょう。食物でしょうか、、食物も確かにそうです。でも残念なことに、食ベることには、必ず副作用が伴います。

私も食べること大好き人間なので何とも言えませんが、食べたあとに感じるあの疲れは気になります。食べると疲れるので、私たちは食後に横になったりのんびりしたくなります。

消化活動を助けるためにはそうした方が良いようです。急いで食べたり、よく噛まずに食べると体に悪いといいます。これも確かにそうでしょう。

ゆっくり食べるだけで、よくなる病気もたくさんあるようです。なんでも100回以上噛めば病気は治る、、、という人もいるくらい。

急いで食べると、消化活動が追いつかないだけでなく、活性酸素がたくさん出るように感じます。急いで、あわてて食べた際に感じるあの体感の悪さは、おそらく活性酸素と関係しているのかもしれません。

活性酸素は体を錆びつかせる要素です。確かに犬の食べ方を見ていると、あっという間に飲み込み、その早食いのスピードは飛びぬけています。食べる時だけでなく、犬はハーハーと荒い息をする習性がありますから、呼吸からも活性酸素を取り込みやすい特徴があるのでしょうか。

犬の寿命が比較的短いのも、もしかしたら活性酸素と関係しているのかもしれませんね。ワンちゃんにゆっくり食べろと言っても無理ですが、家の中でいつでも食事ができるワンちゃんは比較的長生きしますので、安心感があればワンちゃんも長生きできるわけです。

すべての問題はエネルギーです。エネルギーを取り込むことで私たちは生きており、エネルギーを失うことで歳をとり、病気となり、死を迎えるわけです。この大事なエネルギーを取り込む際にも、問題があります。
取り込むエネルギーよりも失うエネルギーの方が多ければ、本末転倒となるわけです。それが副作用です。

私たちは副作用によって病気になったり寿命を迎えると言っても言い過ぎではありません。

食事もそうですが、それ以外の体に良いと思われるあらゆる行動にも、必ず副作用が伴います。

運動で元気になる人もいますが、副作用で体を壊す人はさらに多い気がします。薬で健康を取り戻す人もいますが、薬の飲みすぎで体を壊す人も多いと思います。健康食品で健康になる人もいますが、健康食品の取りすぎで体を悪くする人もいることでしょう。

要は副作用がない形でエネルギーを取り込むことが、重要なことになります。

本当はそのように神様は私たちを作ったと思います。副作用がない形での永遠性を、神様は私たちに下さったはずなのです。

それは自然を見ればわかります。大自然は人間がそこに介入しなければ、大自然としての永遠の営みがあったはずです。

人間が行う不自然さによって、大自然は痛み、その永遠性を失いつつあるわけです。

大自然から見れば、そんな人間の不自然な介入など、あっという間に元に戻すことができます。天地逆さになれば、強大なエネルギーが生じることを大自然は知っていますので、海が汚れれば台風でエネルギーを補充し、陸が汚れれば、各地に災害が起こり、最後には海を陸にし、陸を海にすればすぐにでもエネルギーを補充できます。

エネルギーはギャップを埋め合わせる際に生じるものですから、本当は食物自体にも、エネルギーはないのです。ただ、食物を食べれば、口は動き、喉も動き、食道も動き、胃は動き、腸での長い長い旅の中で、多くのギャップが生じます。

器官が動くことで、ギャップを作ることで、多くのエネルギーを私たちの体は得ることができますので、多くの体内ギャップを作るために、食物は利用されているわけです。

体に良いと言われる食物は、ギャップの条件作りの名人であり、ギャップが一方的でワンパターンになってしまいやすい食物は、往々にして体に悪い副作用をもたらす場合が多いということです。

このように、食物自体にエネルギーがあるのではなく、基本的に悪い食べ物も良い食べ物もないことになります。ギャップを作る際にその食物がどのような条件をつくるかということを通して、私たちは、この食べ物は体に良いとか悪いと言っていることになります。

すべてはギャップがあれば、それを元に戻すように宇宙は反応しますので、それが本当のエネルギーなのです。それによって、すべてのものは生かされています。

その中でも、もっとも微細に近いギャップを作る方がより高いエネルギーを呼び込みます。

食べ物は体に入ることで、力学的なギャップを作ることは確かですので、食べれば各臓器において運動が発生し、運動が発生すればそれを元に戻そうとする反作用が生じますので、必ず、エネルギーは取り込めます。

ただし、食物を消化する際にかかる大きな負担が問題なのです。それは私たちの寿命とも深く関係します。

もし、この宇宙の中で、不老長寿の人が暮らす星があるとしたら、それは、副作用のない形でエネルギーを補充している星ということになります。

食物を消化してエネルギーを得る方式はですから、理想とは言えません。ギャップを圧として考えると、エネルギーを得る色々な方法が出てきます。

ギャップは圧そのものです。なんらかの圧があれば、それを宇宙は即座にキャッチし、元に戻す反作用を始めます。

そして、ここに方程式とも言える内容があります。圧が小さいものほど、反作用として訪れるエネルギーは大きくなるのです。
食物を通して体に圧をかけて得るエネルギーよりも、もっと他の小さな圧を使えば、これからの時代はこれまでとは違ってきます。

光、音、空気など、、、、食物に比べるとはるかに小さな圧があります。

空気は呼吸することで常に得ています。食物を食べ続けていたら、人はすぐに死んでしまうと思いますが、空気はずっと多くの量を吸うことができます。

食物消化で得る圧よりも、呼吸から得る圧の方が微細ですので、その分、副作用が小さく、得るエネルギーは多くなります。

確かに、食べなくても多少は生きられますが、呼吸ができなければすぐにあの世行きです。

ただ良くない呼吸は、ワンちゃん呼吸で語ったように、活性酸素を生じて良くない、、、ということは言えるでしょうが、食物消化の副作用に比べたらはるかに小さく、得るエネルギーは大きいのです。

ただ、この呼吸に関しても、圧が微細である観点から言うと、色々な誤解があると思います。

これは飯島先生から伺った話しですが、呼吸は酸素を取り込む動作ですが、私たちは吸う息から酸素を得ているのではないのです。吸う息から得ている酸素は物質酸素であり、キメが洗い本物ではありません。

酸素には、その原初の働きとして、O1(オーワン)があり、これが微細な圧として取り込める本当の酸素です。これによって私たちはエネルギーを得ています。

通常の呼吸から得る酸素はO2(オーツ―)で、一般に認知されている酸素のことです。

しかし、呼吸から得るエネルギーは隠れたオーワンにあります。いたずらに呼吸しても、活性酸素を生じるだけです。なので、スポーツなどにはやはり危険があります。それはいたずらにオーツーを得てしまうからです。

では、酸素の原初形態としての物質化する以前の本当の酸素は、どこから得ているのでしょう。それは肌なのです。しかも吐く呼吸によります。吸う時ではないのです。呼吸を吐くとき、肌からオーワンを私たちは得ているのです。これが本当のエネルギーです。

タイムを競うスポーツなどでは重視されませんが、命がかかった格闘技や武闘においては、呼吸は非常に重要です。常に呼吸は吐き続けていなければなりません。そう、常にオーツーを得ていなければ、武闘はできないのです。

息を吸ったとたんにやられます。スキがあるように見られるのは、エネルギーが吸う呼吸でストップするからでしょう。

大やけどを負ったような際も、それは人命にかかわります。肌から息を吐く際にエネルギーを得られなくなるからです。

呼吸の重要性が吐くことにあるという点が重要な特徴です。すべては有を取り込むことに力があるのではないのです。無に近くなればなるほど有効な世界が本当の世界です。

小さな圧ほど偉大な力をもたらします。酸素という物質以前の原始形態としてのオーワン、また、光も圧として考えられます。光は電磁波と同じですので、光自体は物質です。しかし、それを圧として考えると、動植物は光の圧からエネルギーを得ているのです。

私は光を拮抗させて光粒子が干渉を起こして消滅する過程からエネルギーを得る方法を編み出し、懐中電灯ワークとしてセミナーを開いたこともあります。また、独自の観点から光教則本を作ったりしていますが、光から私たちはエネルギーを得ています。

それは、一般に言うところの太陽などの温かな光、、、というより、実際には、さらに微細な圧である、色ということになります。

私たちは色を通して、光の微細な圧を受けていると考えればいいのです。色を圧として捉えると、様々な可能性が出てきます。エネルギーを色から取り込むことが可能なはずです。

夢の中できれいなグリーンが出てくると、病気などが全快しますが、それは、夢予知というより、夢の緑色が実際にその人の病気を治したとも言えるでしょう。

カラーセラピーの分野はありますが、さらに発展させて、色を見ることを通して、すなわち、色を圧として捉えることで、色による様々な治療法やエネルギーを得る方法を発見できると思います。だなたか、ぜひやってみてください。凄い可能性があるはずです。

そして光よりも微細な圧が実は音です。音は物質ではなく、波です。光は粒子であり波でしたが、音は波そのもの。すなわち周波数です。

周波数を圧として捉えることで、潜在的で大きな可能性の世界が開けます。私は周波数と数がまったく同一の地点にあると捉えています。

よく高等な霊界からのメッセージはそのほとんどが数であると、スエ―デンボルグや出口王仁三郎が語っていましたが、それは数自体の表す構成が信頼できるものだからで、数=音とも言えるのです。

数と周波数は同一のものと言ってよく、私たちは数に支配されている面が強くあるのと同時に、数、すなわち周波数自体がエネルギーを呼び込む圧となっているのです。

音からエネルギーを得ているとも言えます。実際には、音が生じたなら、それを元に戻そうとする反作用に力があるのですが、それは作用と同時に行われるわけで、色や音にあたかもエネルギーを呼び込む力があるように感じられるわけです。

そして、その順番は、より微細なものがもたらす圧が優位となりますので、食物、空気と呼吸、光と色、音と周波数、そして最大に小さな圧は、意識となり、意識がもたらす反作用が最大の効果となります。

圧の順位は微細な方が優位にありますので、イエスが言ったように、小さな行いが大きなものをもたらす、、、という姿勢とまったく同様です。

食物でもいかにも栄養価のありそうなギテギテの食べ物より、より無機質に近く、ケイ素化されたようなものの方が体に良いという流れとなりますし、呼吸も吸う時のものより、息を吐くときの方がエネルギーを得られ、物質的なものと反作用の形となります。

また、光は色という状態を通して見た方が使いやすく、より個性化が出てきます。それは食物以上の多方面にわたる多様性をもたらす力となります。音は数や周波数というこの世の根源とつながる構造を持つ圧であり、それ自体が微細です。

小さな音、、宇宙に密かに鳴り響く音、、、それは認知できないがゆえに偉大なのです。周波数は圧の個性であり、周波数圧によって戻ってくるものに大きな違いが出てきます。

大きな声で祈る人を、イエスはすでに報いを受けてしまっている、、、と言い、小さな声、聞こえない祈りの圧に偉大な返済が行われると語りました。他にも色に黒があるように、周波数にも人に制限をもたらすものがあります。

周波数の守りは神そのものに近く、おおよその重要な周波数はそのほとんどが人間が話す自然会話音の中にしまわれています。ソルフェジオ周波数も444Hz,.432Hz、153Hzも、自然発生音の中にある周波数であり、他の動植物が出す周波数との中で、音は様々に共演され、豊かな世界を作っているのです。

動物が人間の言うことをきくようにできているのは、人間が重要周波数帯の声を出すという点が大きいのかもしれません。

私たちの時代は色々な意味で行き詰まりを見せていますが、エネルギーがどこから得られるのかを基準に考えることで、新しい世界観や人間の新しい生き方が出てくると思っています。
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