春の嵐

低気圧か何かは知らないが、関東は桜が散る前の嵐でまだ良かったです。

春の嵐とは言うものの、日本海からやってくるこの時期の春の嵐は珍しいとか。

やっぱり地球がおかしくなっているのだろうか。2012年終末説を私は信じないが、しかし、地球がある意味限界を迎えていることは確実なようである。

地球が限界という言い方は地球に失礼だと思うので言いなおすと、地球はもう人間のでたらめな地球に対する営みに、黙って見ている形では、もう守れないという時点に来ている、、、、と言えばいいだろうか。

地球に対する核実験が2000回を超えている。いい気になって色々な国が核実験を行うが、地球はみんなのものだから、そんなことが勝ってに行われる道理はおかしい。

電気代だってちゃんと私たちは払っているのに、もっと大事な地球を損傷させるような試みなど、、、私たちの母なる大地を汚したことへの賠償などもらったことなどない。

そして地球はもう2000回も超える核実験に耐えられなくなっている。正しく言えば、耐えられないのではなく、寝がえりを打たないではいられないような状況なのだと思う。

地球が寝返りを打つとは、どういうことかと考えれば、その恐ろしさがわかると思う。

地球の神様は一夜にして山脈を築く神様である。海底一万メートルを一瞬にして海抜一万メートルにし、エベレストのような高い峰を一夜にして海底深く沈めることができる。

誰が地球が寝返らなければならないような状況にしたのか、、、

地球からの金属類の採掘、、、200年以上にわたる人類というか、一部の金儲け至上主義の者たちの採掘により、地球のバランスもかなり狂ってきているのではないだろうか。

地球が仕方なく寝返りを打たねばならない状況がもしやってくるとしたら、確かにそれはこの世の終わりのような状態になってしまうかもしれない。

少なくともこのままではいずれそのような状態が訪れることは確かだろう。地軸のふらつき現象を見ていき、そのことを心配している人は多いのではないだろうか。

なので、もう金儲けや戦争や対立や、政治とか、権力などと、もうそんなのんきなことを言っている場合ではないのではないか。

あらゆる智恵と誠意と心と思いからなる行動が待ったなしに行われなくてはならないのではないか。

地球は自身を守るためには、寝がえりのひとつでもすれば済むのだが、それでは人類が気の毒なので、おそらく待っていてくれているに決まっている。

しかし、権力や金に目がくらむ上にはそのことはあまり実感として伝わらない。ポンペイの最後も、選挙日を送らせたくない上層部が、人民を巻き添えにした最後となったように、今回の地球の危機だって同じ構造なのだろう。

なので、もうそういう人たちはどうでもいいから、良識と誠意と人間への思いを持つ色々な立場の人が集結し、この危機を乗り越えるアイデアと発見と実践が大切。おそらくマッタなしではないか。

地球には心があり、地球は神であり、私たちにとって間違いのない母である。母から奪うだけ奪い、恥も忘れて権力を行使する者も、自分の親が何であるかを忘れている。もうそれどころではないんだよ。

たび重なる核実験と、重金属や鉱物、水の採取によって招いたこの危機を、人間の手でどうにかしなくてはならない。資源が少なくなったので、人類を削減してやっていこう、、、なんて考えは地球が拒絶する。

なぜなら地球は私たちの名前を全部知っているという。金持ちの地球じゃないんだよ。みんなの地球なんです。当たり前のことでしょ。母なんだよ。

この地球に働き掛けないといけない時が来ている気がします。これまでに例のないような春の嵐、、、、そんなこともあるのかしら、、、とのんきに構えることもできるけど、異変は異変。

地球の気持ち、、、地球への失礼、無礼の数々に、地球が寝返りでもって対応したら、私たちはひとたまりもない。

政治でも経済でも戦いでもなく、そんなのんきな争いをしている時ではもうないはず。

あらゆる知識と知恵と思いを結集し、地球を修復することに全精力を人類は尽くす時に至ったはず。これはもう待ったなしだと思う。

個人の取り組みとしては、地球にやさしく、、、というようなインチキなものではないはず。やさしくどころか、恐れなくてはいけないのです。

そうすればもっと真剣な地球への思いがわいてくると思う。しかし、本当に核実験はよくなかったのだと思う。地球の生理的な影響など知らないで、ただ爆発させるなんて、本当に野蛮なことだったのです。

こう言っては悪いけど、やっぱり白人はあまりよいことをしてきていませんね。船に乗ってでかけ、そこの原住民を皆殺しにして始めたこれまでの時代は、地球搾取から、地球の寝返りで終わろうとしています。

この流れをストップさせなくてはいけない。白人も黒人も黄色人も、皆で協力して地球の寝返りを止めなくてはいけない。のんびり金儲けのための争いなど考えてる場合ではないのだ。

個人では地球を愛する思いが行動に出る必要があると思う。地球を感じて歌う、祈る、語る、、、それは四季を愛でる形で出る人もいるだろうし、実際に詩や歌を作って地球を愛でる人もいることだろう。

その形は何でもいい。かわいい子供が母のために歌う歌が下手だからと言って叱る親はいない。だが、思いが純粋に現れれば現れるほど、母は涙を流すだろう。大地もそれと同じだと思う。

上がダメなのだから、個人が行うこうした行為はとても重要なのだ。おそらく地球が寝返りを打つことなく我慢してくれている裏には、数少ないが、こうした危機をとどめようとして個人的に働きかけていたなんらかの人がいたためであろう。

野田や枝野やオバマなどに地球の心を打つものがあるわけがないことは、もう誰にもわかる。そんなものにまかせておいてはもうダメなのだ。政治なんてもう関係ないところに来ている可能性だってある。

純粋さ、、、誠意、、、思い、、、その表現ができること、、、無名でいいし、無名の人しかもういない。

みなさん、どうか自信を持ってすすみましょう。個人には今、大変な役目があるように感じます。