気づくまで続けられる攻撃

人は理由もなく精神的に苦しい時がある。理由もわからぜにずっと苦しい人もいる。原因は無意識と言ってしまえば簡単だが、もっとわかりやすく言うと、ずっと攻撃を受けているためだ。
 何の攻撃か。おそらくは幼少の時代から続いている、命令や攻撃。大体は親が原因である。なぜ親が子供を攻撃するのか、、、それは親が未熟な場合に起こるのだが、極めてよくあることである。未熟な親からの攻撃を大体の子供は受けている。それがあからさまであるなら、子供もやがてそのことに気付く。しかし、愛情というバイアスがかかると、実態は見えにくいものになる。子供は成長してのちも、なぜ自分が苦しいかが分からなくなくなる。そして人の常として、原因は何か自分にあると思ってしまう。
 だからこれは覚えておいたほうがいいと思う。
なぜか苦しい、よくわからないが、苦しくつらい、、、と感じたときは、それは外部からの攻撃を受けているという理解だ。私たちはどうしても、苦しくつらい原因を自分の内部に探し、どこか自分に問題があるからそうなると思うが、実は、外部からの攻撃を受けることでそうなるケースが圧倒的に多い。大体は親からの攻撃に気付いてないケースである。
 苦しい時には自分ではなく、攻撃されているからだ、、、と考えるだけで結構楽になる。
 男女関係でもなぜ、振られることがつらく苦しいのか、、、それは、振った相手は自分のことなどすっかり忘れていくが、自分は忘れられない、、、というパターンだと、実はここにエネルギーの一方的な流失が生じてしまう。振られた方のエネルギーは振った相手に行ってしまい、この構造が変わらない限り、吸血状態は続くのだ。だから振られることはつらい。冷たく振られた相手を忘れられない人は、自分のことなど目もくれないその相手に対して、ずっとエネルギーを与え続けることになる。まるで魔術の世界に私たちは生きているように感じるだろうが、本当にそうなる。だから、人を傷つける人がおり、悲劇はなくならない。それは巧妙なエネルギーの奪いあいが行われるためである。心ないやくざのような人が新幹線のグリーン車でわがもの顔で弁当を食べ、その後、いびきをかきながら寝ているような姿を見ると、ああ、色々なところで奪って生きているな、、とわかる。苦しみはこちらに原因があるよりも、攻撃のせいだという人生観があまりに少ない。すべては自分の責任です、、、というのがはやりだが、はたしてそれは心的エネルギー搾取に加担する、この世のこれまでのシステム温存方法だったような気がする。