ロシア大使館員強制退去

ロシア大使館は港区狸穴という六本木に近い静かな場所にあります。狸穴というくらいですので、昔は狸の穴があったのでしょう。もしかしたら今でも狸がいるように感じる場所です。近くには東京タワーや芝公園があり、坂や緑の多いいかにも港区らしい所です。

昔、大使館近くにロシア料理で有名な確か、ボルガだったか名前は忘れましたが、料理店がありました。大使館近くのため、関係者がよく行ったのではないでしょうか。真夜中でもやっており、私も青年時代によく行きましたが、とても美味で値段も驚くほどではありませんが、安かったと記憶しています。しかも一流の味が味わえたわけです。

ロシアに限らず、その国の味で、一流のものを出す料理店がたまにあります。私が知っているのは、やはり港区の慶応近くにあるイスラエル料理の専門店です。今もやっているかどうかはわかりませんが、本物のイスラエル料理を出してくれる店でした。イスラエルの要人が訪れるような雰囲気のある店でした。今でもあるかもしれません。

前述したボルガに夜中に行くと、店への案内人がいないので勝手に席に着くと、どこからともなくロシア人らしいボーイがやってきて、何もなかったかのようにオーダーを尋ねてくる。何となく見張られているような気がし、ソ連当時の壁の向こう側の雰囲気を感じたものでした。一人客の外国人もいて、きっとジェームスボンドのような諜報員に違いないと、勝手に興奮したりしていました。

昔はこのようなその国があたかも直営しているような料理店がけっこうあったように思います。経営面でも国から援助してもらい、その変わりに隠れたスパイ活動を行う舞台にもなっているような、そんな緊張感と一流の味という組み合わせが面白かったです。

大昔、まだ私が18.9歳の頃、晴海ふ頭でアルゼンチンの帆船を眺めていたことがあります。すると甲板に出ていた水兵が、しきりに手招きして船に来いとのジェスチャー。興味本位で船の方に行くと、古き良き時代でしょうか、何の手続きもなく、自由に船に入れてもらえて、先ほどの水兵に案内されました。今でもその帆船の名前は憶えています。ブーケ・エス・クエ・ラ・アルゼンチーノという名の帆船。

乗ってみると結構狭く感じましたが、これが日本の反対側から来た船なのかと思うと、感慨深く、スペイン語などまったくわからないものの、片言の英語で親交を温めたわけです。帰り際に水兵が「明日の晩、船内でパーティがあるのでおいでよ」と。

まさかの展開に興味津々の私はイエス、イエスと約束したものの、何となく正式なパーティのような雰囲気を感じ取りました。一応ネクタイと上着で翌日行くと、華やかな一流のレストランに来たような広い船室に、大勢の人がいて、私の席もきちんと決められていました。日本の外務省の人も来ているとのことでしたが、私の席はけっこう良い席に感じたので、もしかしたら水兵さんは割に偉い人だったのかもしれません。

私はここで生まれて初めてのピザを食べたのでした。1968年頃の日本では、ピザはまだほとんどありませんでした。その後に、六本木にミッシェリーやニコラスという店ができたくらいの時です。私はこうした料理店で市販される前に、アルゼンチンの帆船で初めてピザを食べたわけです。そのピザは驚くほどおいしく、あんなピザを食べたのは後にも先にもあの時だけ。

ピザの周囲が厚く高くパン生地が3センチは盛り上がり、中に半分スープ状のチーズやトマト煮などが泳いでいる感じでした。食べてみると本当においしいので驚きました。

何が言いたいのかと言いますと、本日、ロシア大使館員が8名、日本から強制退去させられたとのことです。日本は今回の戦争に何ら直接関与などしてないにも関わらず、なぜハチの巣に石を投げ込むようなことをするのでしょう。おそらくアメリカの指示があってのことだと推察されますが、本当に貧乏くじを引かされた気がします。

駅の案内のロシア文字を消すというような予定もあったとのことですが、さすがにそれは無くなったと。ロシア批判と駅の案内文字のロシア語を消すとは、まったく関係ないことなので当然でしょう。

イデオロギーは人間を憎むように働きます。それは、人間よりも思想が重要になるからです。しかし、それは人の道ではありません。文化の共有は人間同士の結びつきを深めるように働きます。日本料理も各国でとても愛されています。そうしたものが与える影響は潜在的ではあるかもしれませんが、本当は非常に大きいのです。

ロシア民謡も日本の学校ではもう歌われなくなるのでしょうか。それは、一時の感情のなせる間違い以上に、人間を憎む道へ導こうとする巧みな罠ともなっていることに、私たちは気づく必要があるのではないでしょうか。

各国の文化の喜びを共有した人は、そこの民を何があっても憎むことはできなくなると思います。文明の時代の行きつく先は人の心を冷たくしますが、文化の火は永遠の灯として消えることはありません。私たちの未来の選択のカギがここにあります。

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