ア ハッピーニューイヤー

あけましておめでとうございます。

 やぎ座の10度の新年にはいささか抵抗はあるのですが、これももう何百年の慣習になっていますので、仕方ないのかもしれません。せめて、初春というぐらいですから、太陽が水瓶座の0度、または立春の15度、ぐらいを新年にしてもらいたかった。天体の運行を無視する形で新年を決定した、きわめて人為的な暦ですが、偶然にもいつも晴れて気候は安定しているので、意外にいいのかもしれませんね。でもやはりやぎ座10度新年は早すぎます。冬至から10日では春とは言えない。ざっと見積もって20日から40日は早いので、その分、人間は働かせられている、、という状況にある。もちろん意識の上での話しなのですが、最近では法令も改正されて、残業時間が永遠に勝手に決められるという、会社サイドにとっての好都合な変更になる。これには心配があります。今後、国家の力が相対的に衰えていく傾向は否めないが、それに変わる支配原理は何かというと、おそらく巨大化した企業が国家に変わって人類を支配する構造がでてくると思う。おそらく十分に私たちが生きている間にそうした変化が進むはずだ。星で言えば、冥王星がやぎ座を運行する間にそうした変化が起きてくるだろう。国家の支配と企業による支配、どう違いがあるかということだが、国家は国民の人気をとる必要があり、時には振る舞いも多くなるが、企業は損することは一切しないので、こちらが与える以上のものは決して与えてくれない。どれだけ企業に与えることができるかによって人が区別され順列が決まってくるだろう。なんだか未来小説を読んでいるようだが、これはかなり近未来の私たちの姿だとおもう。そこで自由とは何かだが、自由に生きられるためには、個人の力を発揮して、それによる経済的自立を考えなくてはならなくなるだろう。ここら辺をどちらにしていくのかを、戦略的に意識的に考えたほうがよい時代が近づいていると思う。というか、今後の最大の人類の問題となるだろう。企業兵士となるか自由独立路線かが、これから問われてくる。私が進めるのは一貫して後者の生き方。もちろん適性が人によってことなるので、どちらがいいとは言えないのだが、人間の自然な本姓から言って、人情的に私は後者の生き方で新しい時代を作りたい、というのがかねてからの希望だった。完全管理下される危険な時代の到来という反面、まったく正反対の行き方も選択できる、可能性のある時代だと思うのだ。しかし、人はもっと意識的になっていかなくてはならなくなる。人類の意識段階のアップが急速に進む可能性を今の地球は秘めている。

悪こともよくなるための一里塚苦に耐えつつも広がるミロク