仕事復帰

夏のオフィスを閉じてまたヒルズに戻ってきた。昨日は早実が高校野球で優勝したが、再試合が決まった日曜日には、私は偶然早稲田大学の大隈庭園にいた。庭園内のしかん荘というふるい民家風の家で夏の歌会があったため。20日は定家卿の亡くなった定家忌。定家を偲ぶ歌会だった。写真のように装束を着た本格的なもの。こうしたきちんとした和歌披講による歌会は、冷泉家をのぞけば、まずほとんど行われることはないと思う。これは体験した人にしかわからないが、和歌披講の歌会には独特の感動がある。7月23日に行われた星と森国際短歌大会では、和歌披講を聴いて多くの方々が涙を流していた。なぜ、どうしてか分からないが、感動するというかたが多い。6月にイスラエル大使館で行ったときにも、やはり同様であった。和歌披講は人の心に深く染み入る何かがあるのだろう。外国人は、はじめてで、、なんと言っていいのか分からないが、、、しかし素晴らしい、本当に凄い、、という言い方をされる場合が多い。有り難いことである。考えてみれば、日本は世界に軍服を着て出て行き、そして最悪の形で戻ってきた。次にスーツを着てまた出て行ったが、色色な貿易問題を引き起こした。どちらの場合も、日本人は尊敬されなかった。しかし文化だけは異なる。海外から日本文化は強い関心をもって眺められ、求められる。それでも日本人は自国の文化にあまり誇りを感じないで、むしろ海外の文化に憧れる。心情的にわからなくもないが、ロックでもレゲエでもソウルでも、若い人はなんとか外国風にまねをしてかなりうまくなっても、ただそれだけである。本場の人から、ああそう、、といわれて終わってしまう。日本ではどんなに上手だったとしてもだ。もちろん、楽しければそれでいいのだが、なんだかもったいないと私はおもってしまう。日本人には日本文化があっている。というよりもその遺伝子を持っているのだから、それを追求するほうが有利に決まっている。しかも遺伝子の中にあるものだから奥が深い喜びが訪れやすい。しかもそういうものを海外の人は求めている。私は披講しか実際にやってないのでわからないが、少なくとも披講に関して言うと、これは海外の人がやるのは、やはり難しいのではないかという気がする。日本人にしか分からない声の出し方というか、響きというか、声で和すイメージがある。これが分かるのは、自分の中にもともとある何らかの要素の助けがあるからだと思う。これが自国文化を行う有利さだ。以前、秋田のにしもないの盆踊りを見たことがあるが、地元の人が踊ってるのと、他から来た踊りグループのメンバーが踊っているのとの差が、すぐにわかった。どうやっても、地元の踊りはできない。踊りのプロでもそうなのである。地元のお嬢さんだって、実は東京から戻ってきて踊ってる人も多い。子供の頃からこの盆踊りで育ち、踊ってきた人にしかできないものは、いくら東京で今暮らしているからと言って消えない。そういうものをもっと大切にしていくのが地方の再生につながるし、自分発見のカギであると思うのだが。写真は20日の定家忌の歌会の様子。後ろ左が私。