2001年11月14日(水)晴れ

きょうは本当に良い天気でした。風もなく、のどかな日でした。知らない方が車でいらして、どんどん家の敷地内に入ってきました。わんちゃんも吠え出したのですが、よく見ると、かなり高齢のおばちゃんと、その家族らしき人たち。どちらさまですか、と尋ねると、昔この土地をもってた人だった。なつかしくてやってきたみたいです。すっかり変わってしまって、びっくりしてましたよ。なんだ、こんなにいい木があったっけ、持っていけばよかったよ、なんて。土地も住む人によって変わってくるわけですよね。昔、土地がもの凄く上昇していたころ、土地は誰のものか、という番組を見ました。持てるものと持てないものの差が決定的になった、という問題を言ってましたが、あのころ、土地を沢山もってた人は、今はかえって苦しいわけで、人の考えなんて、わずか10年で反対になることがあるんですよね。すると、今安心と思えることが、10年もしたら、かえって危険とか、そういうことがきっと何かあると思いますよ。一流大学なんかはあと10年後に存在してるかしら。もっと言えば、アメリカは10年でどうなってるのかしら、日本もどうなってるのやら、おそらく私たちが考えてることとはずいぶん違ってるのではないかな。私たちの時代は猛スピードで変わっていきますね。しかし、個人の変化は結構遅くて、何十年も旧態以前のまま生きてる人っておおいんですよ。1年後には何をしてると思う、とたずねて、わからない、と答えたひとは、今と同じことをしてる、という皮肉トンチのようなのがあったけど、言えてるかもしれませんね。決めなくちゃダメということです。自分が何をするかを。意識的に生きれば、人生というのはかなりのことができると思いますよ。かなりのことというと大それた感じがするけど、ようするに意識的に行動する人生と言うことで、何をするかを問題にしているわけではなくてです。意識的に出世をしないと決め、最低限の仕事をし、それ以外を読書して暮らすとか、とにかく何でもいいが、確信犯であってほしいということです。確信犯として生きてる人、少ないと思います。そこが、日本のつまらない点かも。日本に限りませんが。

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