すべては思いから

物が物を生み出すことはありません。

物は思いの、意識の結果として出来るものだからです。

物が物を生み出すように見えますが、物が物を作ることはないと、私は飯島先生から学びました。

誰でも母の胎内から私達は生まれます。母は、わが子は自分のお腹の中で、自分が子供を作った、、、と思います。それは自然な思いですが、本当は違うのです。

エネルギーの集積が母の胎内で起こり、子供は育ちます。肉体をこしらえるのも、肉体が維持できているのも、エネルギーが集まった結果です。

エネルギーが補給できなくなれば、肉体は崩壊に向かいます。肉体に限らず、あらゆるものは、エネルギーの補給が絶えた時点で崩壊の過程に入ります。

エネルギーは圧の高いところに集まります。体の圧力を高めれば、身体は強健でいられます。

圧には色々な物が作る圧ががあります。気圧があり、重圧があり、電圧があり、磁力の圧があり、風圧があり、温圧があり、光圧があり、音圧があり、そして意識圧があります。

物理的な現象から遠ざかるほど、圧は高くなります。重力圧よりも水圧、水圧よりも風圧、風圧よりも気圧、気圧よりも温圧、温圧よりも光圧、光圧よりも音圧、音圧よりも意識圧、意識圧の中でも無圧が最大のものです。

無圧とは無でない無の圧であり、これが不変であり普遍でありすべてに共通している、あらゆるものに共通している、ひとつのイノチの正体です。

母の胎内は圧力の窯です。腹圧が心地よい気圧をつくり、その中で水圧、温圧、音圧、そして何より、母の思いである意識圧、母が大きな運命に子の成長を託すイノチの圧、、、それらが赤ちゃんを作り大きく育てるのです。

母がこうした子が胎内で成長する過程で、大いなるものに頼り、安心して無になりきれば、子供は理想的に作られます。

なので、圧が不自然であれば、母も子も苦しみます。腹に不自然な重圧がかかれば、苦しい成長となり、寒さ、暑さなど、不自然な圧がかかれば、母も子も苦しみます。

さらに音圧に異常があれば、子は母の心臓の音へ不安を抱くでしょうし、母の不安や心配は両者を無に導くことをなくすため、大きなエネルギ―の訪れは阻害されます。

なので、妊娠中の母の思いは重要で、安心しきった無こそが、子を発育させる本当の力であることが、エネルギーからみればわかるのです。

これは何も胎内の子の成長に限った話しとは違います。どんな場合にも、安心しきった無がなければ、私たちはイノチの共通に気づけません。

イノチの共通意識があらゆるものをつくる最少元素のイノチを動かしますから、無になり切る安心感以外からは、本当は何ひとつ、私達は物を作ることも、物を維持することも、そして新たな物を生み出すこともかなわないのです。

寝ることで、誰もが無の領域に入れますが、起きている際に無に触れることができれば、それは容易となります。

しかし、学校でも社会でも組織でも教えることは、安心以外のことです。不安を教え、在ったものがなくなる意味での無を教え、有限を教え、個を教え、私達を不安にさせるのです。

今年のお盆も終わりです。死んだ人は肉体が無だから永遠にいるのです。ひとつのイノチに戻れる世界に永遠にいます。個の記憶がなくなり、個の意識がなくなれば、それは死ではなく、永遠の生の住人となります。すべてのイノチは一つです。

その一つのイノチは図ることも測ることも計ることもできない無の世界です。無の世界だからすべてを生み出せます。大きな袋でも袋に入ったものしか出すことはできません。

無の袋には限界がないのです。無限に生み出せる無の袋、、その住人が私達です。

現在、私達は肉体をもっています。何等かの圧をかけなければ崩壊する存在です。歩けば重力圧がかかり、骨や筋肉は丈夫になります。温圧があれば死んだ物体や食物もエネルギーを宿します。

物にはエネルギーはありませんが、その状態にはエネルギーが存在します。冷たい食べ物よりの暖かい食べ物の状態の方が大体は安全です。

冷たい食べ物でも温かい人が思いを寄せて出してくれたものには、エネルギーがあります。だから体にもエネルギーが入ります。

音にはさらにエネルギーが宿ります。良い音、、それはとても貴重です。

風は吹き抜けるだけで周辺にギャップをつくり、私達の身体にぶつかる際にエネルギーをもたらします。風に吹かれているだけで、気持ちがよくなるのはそうした時です。

夏休みに高原で休養されている方もいることでしょう。標高1000メートルは母の胎内と似ていると言います。

高原で私達は何か大きな安心を思い出しているのかもしれません。

森を歩けば、一足歩くたびに無数の落ち葉の集積の上を歩くわけで、葉やくだけ無数の葉との間に複雑な倍音のギャップを作ります。

森は無数の音の宝庫です。パソコンの前で何時間も座り続ける渡したちは、神経が疲れてしまいますが、本当は逆なのです。

単純すぎるパソコンの刺激に脳が飽きてしまっているのです。もっと複雑な音などがないと、脳は単順すぎて疲れるのです。

現代の生活は複雑すぎて疲れるのではなく、実は単純すぎて脳が飽き飽きしているのです。

森の中にある何千種類の音、風、色を、脳は把握するためにフル回転し、新鮮な状態になるのです。

忙しくて、森に行けなかった人も多いでしょう。でも大丈夫です。すべては思いの圧が優先します。

今、自分が美しい森におり、踏みしめるたびになる音、、通り過ぎる風の音、頬に触れるその感触、、、森の甘い香り、、それらを思い出してみてください。

人はどこにいても本当は幸福なのです。すべては思いから、、、がわかればそうなるはずです。

しかし、私もまだそこまでは体感できませんし、多くの人はそうかもしれません。なので、せめて、人が自然を壊した分を人の力でもう一度、自然を復活させることが大事ですね。

その作業によって、どんなに私達は癒されることでしょう。そうした時代になっていくと思います。

お知らせ

明日の8月17日から21日まで、尾山台のshopマドモアゼル・愛はお休みです。22日の火曜日から通常通りの営業となります。

カートでのshop販売は通常通り行っています。秋のセミナーなど昨日アップしましたので、どうかよろしくお願いします。

また、家で野菜を作れる振動水栽培のMI野菜プラントの二種類もカートに掲載しています。

野菜や食物などの一次産品は環境の悪化に伴って今後安全なものを得ることは至難になりつつあります。
健康で安全な食べ物は日本でもそうですが、世界的に必需となることははっきりしています。

若い人が今後、どうやって生きていくか、、、色々ありますが、一次産品を自分で作り、必要としてくれる人に届けることで、経済的にも、成立する時代が近づいていると思います。

若い人に限らず、転職や自立を考える際にも、極めて有利な方向であると私は思います。

家の中でつくる安全で健康な野菜、またエビや魚を家でも山の中でも廃校になったプールなどを利用したりして、フリーエネルギーを使えば、安全で確実に作ることができます。

そうした一次産品の生産を今後の仕事にしていく道には可能性があると思います。健康野菜を日本よりもはるかに高い価格で買ってくれる国もたくさんあります。そんな夢の描き方もあるはずで、関心がある方は、ぜひご覧ください。

マドモアゼル・愛 公式SHOP

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