何となく不自然に感じるもの、、、の中にある冥王星バイアス

自分のことは自分が一番よく知っている、、、とよく言うけど、はたして本当でしょうか。

よく知っている部分もあれば知らない部分もある、、というのが、本当かも。

私は自分の髪の毛が薄いということに本気で気付いたのは極最近で、しかも気付いた時点では、すでに薄いどころか立派なハゲ状態でした。

スポットライトが私の後頭部に当たったとしたら、後ろの人から、ウッ、、、まぶしいぞ、とおそらく文句が出るレベルほどのハゲでしょう。

そのことにこの数年前まで気付かなかったというのもおかしな話しですが、一回もハゲをからかわれたことも話題になったこともなかったので、気付きが遅れたのかもしれません。

このように、自分のことはその肉体ですら、気付かないことがある。ちょっと最近太りませんか、、、と言われて、体重を量ってみると確かに増えている、、、そんなこともきっとあると思います。

体のこともわからないとなれば、まして心の内部、心理の奥底に至っては、これは分かれという方が無理なのかもしれない。

しかし、そうなるとそれは無意識となるので、人は無意識に動かされるという心の方程式に沿って生きることになります。

無意識にやってしまっていること、、、無意識に判断していること、、、が多くなると、サインが出ます。

サインには色々なサインがありますが、もっともはげしいサインは、不幸な出来事です。リアルな実態はこの世的な不幸をつかってでも無意識と意識のかい離の修正を求めてきます。

具体的な不幸や肉体の不調は悲劇と言えますが、心や精神の不調よりも良いかどうかはわかりません。

あらゆる不調や不幸や問題や困難は、現実の問題であると同時に無意識と意識の隔たりの結果として出てくるのです。

このうち、もっとも高度で繊細な感覚は、何か不自然なものを感じる、、、という形で現れます。

自分をごまかしていても、ごまかしているうちは、バイアスがかかります。それが不自然な気分で表現されることになるのです。

ですので、本当の悪魔やエネルギーを奪い取る存在は、本人は自分が悪であるとの自覚は少ないはずです。

大きなバイアスがかかっているからです。星でいうなら、もっとも大きなバイアスをかけるのは、冥王星でしょう。冥王星バイアスにより、人は限界信仰を持つに至ります。

運命は限界信仰そのものですが、この限界感は劣等感に根差したもので、いやな運命を受け入れるしかないという無力感を土台にしています。弱さとあきらめです。

そして人はその意識を認めるわけにはいかず、冥王星バイアスは他を支配する形を通して表現されてしまうのです。

この世の権力構造のいやらしさや無意識が生み出す残虐さは、冥王星バイアスがもたらしたものです。

冥王星は宇宙エネルギーの取り込み口なのですが、その意識まで到達できない場合は、劣等感をベースにして空間領域の支配者になろうとします。

権力が悪を働きながら、しかも尊敬を集めたがるというパロディが支配層や地球にかかっています。

これは具体的な権力を指して言っているのではなく、個々の内部における権力意識とその施行が、バイアスとして存在している危険を言っているのです。

その集合が色々な悲劇を起こしているわけです。

解決法は、個々の冥王星バイアスを意識する以外にありません。冥王星バイアスに限らず、あらゆるバイアスの特徴は、自分では気づかないものの、どこか不自然に感じる、、、という特徴です。

たとえば、本気で怒った際に、怒ってはいるものの、どこかで、いいのかな、、、本当ではないのに、、、という冷静さとは異なる、違和感や何となく感じる他の感情や視点に気付いたことはないでしょうか。

泣きながら異なる視点を感じることもあるし、笑いながらも、どこか不自然なものを感じ取る、、、という形で自分の中の無意識と意識のずれによるバイアスの存在に気付くことがあります。

真面目なことを自分では本気でいいながら、実はいい子ちゃんになっている自分を感じ取る人もいるでしょう。そして真面目な人はそのバイアスを隠すために真面目でない人を攻撃する必要を感じるのです。

バイアスを不自然に感じ取る、、実はそこに真実への突破口があるのです。そこを追及することでしか、人は楽になることはありません。

バイアスは嘘の空気を吸わせ、嘘の世界を見せ、嘘の味をおいしいと思わせ、嘘の音を良い音と思わせ、嘘の人を良い人に思わせ、、、そして間違った選択によって政治家を選び、結局は戦争や悲劇に私たちを追い込んで行くのです。

軍歌を本気で歌った戦前の人は多かったと思いますが、本気で歌えば歌うほど、、、何か違うんじゃないか、、、という意識は奥深くに押し込まれるものの、何気なく感じるバイアスの存在に、今となったらわかるはずです。

本当は今だからわかる、、、のではなく、軍歌を歌っていたその時にも、奥底でわかっていたのです。それは考えや思考や決断では出てこない、何となく、、、不自然、、、という思いによって伝わるものです。

私たちは多かれ少なかれ、何等かのバイアスにかかっています。ことに冥王星によるバイアスは、人を支配へと巻き込むため、放っておくことはできません。

冥王星バイアスが消えれば、人を支配する必要性が消えていきます。個々が宇宙意識に目覚め、天とつながることで、このバイアスを超えるわけですが、天とつながったと思った際に、再び、何か不自然なものを感じ取ったら、それもバイアスなのです。二重三重のバイアスを解いていくことが意識の旅となります。

バイアスから逃げずにそれに向かっている以上、バイアスを取り除くことはできなくても、その餌食になることはありません。

軍歌を歌った際に感じたバイアスがあるから、軍歌を歌わなかった人を非国民とする必要があったのです。

けっきょく審神するのは、自分しかありません。瞑想のありがたみはそこらへんにもあるのかもしれませんね。