ゆがめられている日本的なるもの

日本的なものって、、本当は何かしら、、、

これがけっこう難しい。実は江戸っ子もかなり誤解された面があります。

きっぷがよくてケンカ早い、短気な江戸っ子、、、という印象が一般的だけど、果たして、そうかな、、、と私などは思ってしまう。

確かにそんなきっぷの良さは江戸っ子にはあるけど、決して暴力的な印象はないのが江戸っ子だと思います。

もう少し、文化的というか。今は亡き、ルネ先生は江戸っ子でした。深川の生まれですから生粋の江戸っ子。何せ、ひいおじい様が江戸文学の宮川まんぎょとかいう人なので、江戸そのものの遺伝子を受け継いでいる。

実は私もお墓が深川にある家の4代目で、芝で生まれ育った生粋の江戸っ子。そして、ルルラブア先生も芝二丁目で生まれそだった江戸っ子でした。

なので、江戸っ子に囲まれて当然育ったわけです。子供時代はまだ江戸情緒が残っていて、町で一番お金持ちの家からは、よくミキマツ師匠の川柳が流れてきたのを覚えています。

ああ、また師匠を呼んで飲んでるのね、、、という風景。そのお金持ちはお台場の持ち主で、町内の子供たちを無料で、夏になるとポンポン蒸気船でお台場に連れて行ってくれました。

当時お台場は島になっていて、船でないとわたれない場所でした。周囲に高い土手があり、土手に囲まれた内側は野球場みたいで、そこでスイカ割りやお菓子がたくさん用意されて子供たちは遊んだわけです。

江戸っ子のおじさん、おばさんにずっと触れてきて思うのは、テレビなどで言っている江戸っ子のイメージとはまったく違う、、よくお寿司屋で江戸前寿司っていうのがあるけど、子供のころ、新宿歌舞伎町の江戸前寿司やに行き、そこの板前さんが、異様なきっぷの良さで、江戸風にもてなすのだが、まるでそれは江戸風でないと子供心にも思った。

おそらく地方から出てきて、寿司の修行をした人だと、言葉や態度でわかってしまう。

では何が江戸っ子の特徴なのかというと、けっこう気が弱くて、それを照れで隠すためのきっぷの良さ、、、というのが近い気がします。

また、宵越しの金を持たない美徳、、というのは本当にあったように思う。子供たちはよく小遣いで花火を買って遊んだが、花火はよい出費なんです。

それは形に残らないから。物として残らない出費は褒められることすれ、叱られることはない、、そんな雰囲気があったように思う。

風呂屋の番台に小銭をあげる、、靴番の人に小銭、、すなわちチップですが、それを上げる文化もわずかにですが残っていました。

チップをあげるのが楽しみという感覚で、私の父は温泉に行ったとき、番台にあげるチップを忘れたといって、部屋に戻った記憶があります。

ルネ先生のひいおじい様の宮川マンギョは江戸文学者として有名だったようですが、うなぎ屋の宮川も元はルネ先生の家だったと聞いている。しかし、ルネ先生の時代に仕舞われてしまったので、今ある宮川は本当の宮川とはおそらく違う、、と言っては失礼かもしれませんが、少なくとも、ルネ先生の家系の宮川とは違います。

江戸は京都に比べても、私は優れた文化を保持していたと今でも確信しています。それは花火に、宵越しの金を持たない文化である点です。

江戸から大した芸術家が出たかどうかはしりませんが、一派をこしらえ、それを存続させることには無頓着だったと思うのです。形に残さない、たった一代で消えていく文化が江戸なんです。

別に江戸的なものが日本的なものではないものの、すぐれた日本文化の一面を表しているとはいえるでしょう。

そして今、私達が日本的と思っているものも、おそらく本当の日本的なものとは違うように感じます。

軍艦マーチで勇ましく船出する艦隊は果たして日本的なのかどうか、、、にきたつに船乗りせんと、、、と、昔から勇ましい艦隊の船出はあるので、何とも言えませんが、明治から昭和の戦前のあの戦ムードは私には日本的なものには思えない。

安倍さんはしきりに愛国心を言うけど、それにしてはあまりに天皇無視な感じがしますが、阿部さんが言う日本的なイメージと、平和憲法を守ろうとする日本的なイメージとでは、断然後者が日本的に感じます。

まあ、人によって異なるのでしょうが。私などは、宮中の雅楽には非常に関心を抱き、素晴らしいと思う一面で、森の奥の方から、多少にくにくしい思いをもって、宮中の雅楽を遠くから聞いていた、自分の前世的ともいえるイメージを雅楽を聞くたびに感じてしまう。

その理由はおそらく、さらにさらに深い、昔の縄文があったせいだと思う。縄文一万年、、、一切の争いがなかったまれな時代、、、この遺伝子は大きいと思う。

日本人の中に密かに眠る縄文のイメージこそ、深く日本的なものではないのかしら。

それはあまりに大きかったので、どんなものでも飲み込むことができた。大陸のものも、南方のものも、、

本質が豊かでしっかりしているから、何を飲み込んでも犯されたり、本質を失うことがない。それが日本的の根本にあると思います。

なので、日本的なるものはことされこと揚げすることなく、また、しきりを付ける必要もなく、何でも受け入れてきたのに、なを失っていないもの。

縄文時代からわずか数百年で弥生時代になっていくのですが、目立った争いがなくそれが行われるなど、本来は考えられない。よほど、イノチの原理に乗っ取っていたからそれができたと思う意外にない。

その秘密は何だったのでしょう、、、ここでいうとまた賛否両論批判が出ると思いますので、またの機会にゆずりたいと思います。

日本語はもちろんですが、それともう一つ、、、重大なことがあると思うのです。

それは次の機会に譲るとして、最近の新聞、ニュースを見るにつけ、これは日本ではないな、、、という印象を抱いてしまうのは、なぜなのかしら。

みょうな時代になっていますが、本質は決して消えませんので、みなさん大丈夫です。しかし、消えるもの、、、壊れるもの、、、それはやはりあると思います。変化の時代の足音が近づいているようです。