深夜にアリの大群が来訪

朝まで何ともなかったのに、夕方ごろから部屋中をありの大群が来訪。

机に座っていると払っても払っても数秒のうちに十匹くらいのありが探し物風に歩き回る。

床を見ても壁を見ても天井をみても、ありありあり。これまでにも何度かありの来訪は経験してるけど、こんな大群が一挙にやってきたのは初めて。

そして思い出したのが、水田をやっていたときのこと。年に一度はカメムシの大群が突如やってきて、稲についた。

無農薬の水田だったため、これまでか、、、と観念したが、やはり悔しいので、畔際の稲についたカメムシを歩きながら手当り次第につぶしていった。

カメムシだからものすごい匂いがするけど、そんなことかまうものかと、つぶして回る。

かわいそう、、、と思われる人もいるでしょうが、せっかくのお米がかわいそう、、、と思う気持ちの方が強かったのでしょう。ともかく200匹くらいをつぶして回ったけど、明日にはすべて食べられてしまう、、、と観念。

一つの稲に数十匹もカメムシがついているのだから、その数、無数。200匹程度退治したとしても、何の意味もないことはわかっていました。

翌朝、あきらめて見に行くと、稲はたべられていない。そして一匹のカメムシもおらず、すべてどこかに消えてしまっていた。

こうした体験を何度かして思ったのは、カメムシが仲間が殺されているのに不安を感じ、一斉にどこかに旅立った、、、としか思えない。この水田は危ないぞ、、とささやきあって、みんなでいなくなった、、、

それ以外に考えられない。何度も体験したので間違いないと思います。

今回のありのご訪問も、こりゃまずい、、と思って、手当り次第に足や手でつぶしていく、、、かわいそうだけど、仕方ない。どんなにつぶしてもすぐにわいてくるのでいたちごっこなのだが、夜中にそんなことやってました。

あきらめて眠りについた翌朝、、、アリ様の数はすくなくなっていたものの、まだかなりの数、床に天井に我が物顔で歩きまわっていました。

ベッドの中にはそんなに入ってこなかったのが幸いでしたが、また夕方から突然増えていくのでしょう、、、と、なかばあきらめ。

夜に部屋に行くと、不思議不思議、一匹も発見できず。昨夜は何千のアリとの葛藤がまるで嘘のよう。本当に一匹もいない。

ほんとうに一匹もいない。カメムシと一緒だ、、、

偶然だろうか、、それとも、あり得ることだろうか。

カメムシが水田から消えた方法が正解なら、薬品に頼る意味は限りなく少なくなっていく。カメムシに関しては、何度も何度も実験はできないが、体験してのことなので自信があります。あの方法でいなくなるはずです。

今回のアリもおそらく、、、そんな気持ち。薬品に頼らなくても、もしかしたら何か方法がある。

私の場合はかわいそうなことに100匹以上も殺してしまったけど、もっとアリのイノチに迫れるなら、一匹も殺すことなく、アリやカメムシをいなくさせることができるやり方がきっとある。

この世の出来事、難題の多くが実は生命というものに無知なるゆえの問題なのではないかと思う。

病気もきっと病気になる理由があるはずで、病気そのものを治そうとする試みは、その時点で間違いの方向へむいてしまう構造をしているのではないだろうか。

病気になる理由があるなら、その理由に目を向けるべきで、対応の方法が実に広がっていく。

そして本質に迫れたなら、一瞬にして治ってしまう病気も多いのではないだろうか。

悲しい文明はその運営の方法において間違っている面がきっと大きいのだ。それは、イノチについて知らないことが大きな原因になっている。

そしてイノチよりも金を取るという、すさまじい文明にまで行き着いてしまった。

悲劇が起きることを望む人間は少ないが、イノチより金の文明に終わりが来ないわけがない。

イノチという大きな土台のみを残して、きっとこの文明は衰退を始めることでしょう。仕方ないことです。

その胎動を聞き取れる人と、変化に目や耳をふさぐ人、、、

生き方はおのずと変わってくる。同じものを食べ、同じ仕事をし、同じ電車に乗りながら、、、違ったものを見始めているように感じます。