明日、ソルフェジオ音、収録

明日はとある出版社でソルフェジオ音の収録の仕事あり。なんでまた、、、とこちらが聞きたくなるくらいだが、時代も変わったと感じる。

専門誌ではあるがメジャーな雑誌でソルフェジオの特集があるとは驚き。その付録のCDの収録。

まず、単音で6種の音を紹介する、、、一つ一つの音の意味、そして身体や心との関連を語ることになるのだろうが、どうせなら、トーニングしてみたい。

環境音楽やマインド系のCDは大体はきれいな音が流れ、私などはすぐに、ああまたか、、という感じで退屈してしまう。

皮肉れているからなのかはわからないが、天使が飛び回るようなイメージ音楽がヒーリングミュージックに多いけど、昔から何か納得がいかなかった私。

汚いものはそのままにして上から真っ白なペンキを塗ったようなヒーリング系がダメだった。

私のセミナーでは必ず、あえて汚い声、自分のみにくいものを声に出してもらう、、、確かにはじめは絶望音のような、叫びのような、呻きのような声からスタートするが、それがある時点からさーっと変わっていく。

もっと汚い声を、、もっと呻きを、、、もっと叫びを、、、と思いつつ、いつしか素敵になってしまう。

素晴らしい音の渦になっていく。これが最初からきれいな声で始まったとしたら、きっと偽善に育っていく。命にいつになってもつながらない音だろう。

非常にまじめに人生の真実のみを追求してきて、そのために苦労を何十年も重ねた方に、ある時、昔の偉い坊さんの霊が付いた。

以来、その方と偉い昔の坊さんのコミュニケーションは毎晩、毎朝、何年も続いたようだ。その中でその方は色々なことを学んで行ったという。

何せ、大昔の偉い坊さんの霊だから、先生として申し分ない。どんなことを教わったのか興味深々で伺うと、これがすべてです、、という形で語りだした。というよりも歌いだした。

その内容というのは、説法でも経典でもない、ものすごいうなり声であった。ものすごい呻きだ。私に言わせれば、それは間違いなく母音トーニングであった。

しかも、声が悪い、、悪いと言っては悪いが、呻きであり、汚れを出しきってくる声であるが、しかし、間違いのない命の音であった。

私はその声を聞いて、その方にかかった昔の霊が本物の高級霊であるとわかった。何かのご縁で、また、真摯に真実を求めるその方に、感応なさったのだろう。

その方の呻き声は聴いているうちに宇宙にこだます音に聞こえてくる、、そう実感させる、、、善も悪もない命の闇から聞こえてくるその声は、聴いているだけで多くのものを癒す力があった。

息をウエーっともらせつつ、体の圧力は高まりを見せていく。みにくい声を絞り出すことで、身体の圧を高め、外界(無尽蔵でありブラックマターであり無である)を招きいれていく。

なので本人は非常にパワフルになるし、疲れを知らない。聞いている方も体が熱くなってくる感じ。

さんざん拝聴して気持ちよくなった後、では披講してください、、、と言われて私たちも披講したが、披講も決して坊さんの霊が教えた発声に負けてなかった。

私は改めて披講も凄いとその時思った。昔の坊さんの霊のかかったその方も、同様に感じられて親近感を持たれたようでした。

日本語、母音、倍音、呻き、圧力の高まり、、、そして静寂の取り込み、、こうした一連の流れが、実はフリーエネルギーなのだ。

あちらサイドから無尽蔵のエネルギーを持ってこなければ人間界の争いは終わらない。

あちらサイドから無尽蔵のエネルギーを持ってこれたら、この世で奪いあうことなどパロディになってしまう。戦争はパロディなのだ。

そう考えるとすごく楽。楽が本当。苦労はウソ。きれいごともウソ。苦労するからきれいごとに逃げる。

正直に呻いてしまう、、、呻きを真剣にやると、苦しくなるから、息を伸ばすことになり、発声は母音になる。母音で呻けば倍音構成となっていく。倍音が出てくれば、異界とアクセスを開始する。異界には無尽蔵の揺らぎがたくさん。圧力差の間隙をぬっていつか無から何かが訪れる。

こうして面白い旅が始まる。

明日のソルフェジオ収録ではさて何をやらかそうか、、、天に任せてみることにします。