ABC包囲網

しかし、だんだん見えてくるのは、誰の目にも、国家というものは、国民の幸福を願っているものと違う、、ということだ。

 最近ではあまりに露骨で、国民の幸福を願うどころか、わざと混乱させ、わざと悪くして、支配層に都合のよい方向へもっていこうとしているように見える。
 実際、そうなのでしょうね、きっと。

 しかし、これが一昔前だったら、さすがに原発対応策などの露骨なインチキさを見て、憂国の氏がどこかから現れ、方向転換のために命をささげるようなことがあったと思うのに、そうしたものも現れない。
 命を差し違えてインチキをやっつける筋の通った思想犯も出てこない。みんな買収されてしまったのかしら。本当にひどいものです。

 しかし、そんなに金が大事なのかな。確かになければ生きていけない、、という意味では大事だけど、金のなかった時代の方が人間は長かったわけで、とくに日本ではそう。通貨がなくても、国家を運営し、文化をはぐくみ、生活をちゃんと行っていた。その歴史の方がずっと長い。

 ある程度、貯金がある人で、これからの人間の暮らし方を、金がなくても大丈夫、、、、という方法を実践して見せてほしい。色々なケースが出てくれば、ああ、これなら私にもできる、、、というケースも出てくると思うので、政治に期待などするよりも、早く変革が可能となる。
 政治に期待しても、というより、今の政治はわざと悪い方向に持っていこうとしていると思えるほどだから、期待どころではなく、自己防衛が必要な時代である。

 その際に、金がなくても生きられる、、、、その方法がたくさん知りたい。

 人は住まい、暖、食事が最低の生活となるので、まず、これが簡単で、楽しく、健康的で問題なし、、、という形にしなくては。

 つまらない実験をこの10日ほどしている。住まいはいまはあまっているので、いざとなったら、全員が寝泊まりできる住宅は日本にはある。暖も同様で、住まいがあれば同時に暖をとることは可能。発泡スチロールなどの断熱財もただで工夫すれば手に入るだろうから大丈夫。となると、食である。

 お金がまったくないと飢え死にする、、、という不安があるが、これも意識を変えることで、その不安が小さくなる。その実験をしていた。

 やり方は、極めて簡単で本気でおなかがすくまで何も食べない、、、、という実験。けっこう楽しくできた。いつまで続けるかはわからないけど、なんだかいい感じがします。
 体重も多少は痩せてきたし、体は軽くなった。あと、食事する際に、私はどちらかというとガツガツと早く食べる癖だったが、自分でも何か、自分の食べ方に品がなく、嫌いだった。

 早食いは、みっともないうえに、活性酸素をひどく発生させるらしく、犬の寿命が短いのも、そのせい、、、というような本当かウソかはわからないが、そんな考えを聞いたことがある。真偽はともかく、ゆっくり食べる習慣は素晴らしいと思っていた。
 
 おなかがすいたら、日ごろよりもさらにガツガツいきたくなる、、、、というのは、頭の考えで、実際には、ゆっくり味わって食べるようになり、前よりも早く満腹になる。満腹というのも、ああ、食べた、、、、というのとちがって、適当なところで満足する。

 まだ10日ほどの実験なのでわからないけど、今のところはそんな印象。食に対する考えが変化したせいか、大量に食糧をため込むとか、そうした危機意識が変化したように感じる。
 犬や猫や野生の動物のように、人間もいつ食べられるかわからなくても、いいか、、、という感覚が意外に大事なのかもしれない。

 少なくとも、一日、三度の食事、、、と決めつけることもないのだろう。おなかがすいたら食べる。それでいいような気が。

 日本の閣僚とアメリカのサマーズか誰かわすれたが、会談してすごいことを勝手に決めたものである。
 イランから石油を買わないようにしてくれ、、、、はいわかりました。そうします。と、日本側。

 いい子ちゃんにもほどがある。戦前のABC包囲網を、自分から、はいそうします、、、、といい子ちゃん対応。その結果、どういうことが起こったとして、一体、誰が責任をとるのだろう。誰も取らないのでしょうね、きっと。
 ホルムズ湾が封鎖されようがされまいが、イランから石油を輸入できなくなるということは、正しく戦前のabc包囲網と同じである。戦後の日本はアメリカの属国なので、言われるまま自分で自分の首をしめだした。

 これは恐ろしいことである。日本政府は間違いなく、国民の利益ではなく、アメリカの利益のために動いている。そうでなければ、こんな重大なことを二人の対談で軽く決定できるわけがない。戦前の日本はこれと同じことで、やむなく戦争をしたのだよ。そんな重大なことを、あっさり、いい子ちゃんぶって、はい、そうします、、、とは。

 なので、これから石油は入らなくなる可能性が高くなります。イランを懲らしめるために、世界同一歩調でそうしなくてはいけない、、、といういい子ちゃん発想はウソで、今回の決定は、イランを懲らしめるためではなく、日本を孤立させるためにやったと私は思っている。
すぐにわかりますよ。なんだかんだ言いながら、ほかの国は日本に石油を売らないようになっていくはず。

 すべては計画通り、、、というのではないでしょうか。

日本があるうちは、白人上層部は、安心できないという歴史が、20世紀以降続いているのです。みな、日本など大した国ではない、、、とそう思っているけど、日本が日露戦争に勝ち、その後、中国やアジア諸国の盟主となって発展していけば、白人の歴史は完全に20世紀で終えていました。
 それがよかったといっているのではなく、そうなってしまったでしょう。

 実はこうした構造はまだ続いています。日本だけは、許してはいけないのです。
 それを自由にさせてしまうと、車も経済もなんでもあっという間にすごいことになってしまう。
 この国だけは押せえこんでおかないと、白人の時代は終えてしまう。とくに中国と日本が一体となるようにさせてはいけない。これが白人時代を持たせる最大のルールです。

 中には過激な考えもおそらくあるのでしょう。日本政府を国民から切り離し、アメリカと直結させ、日本国民のためどころか、日本国民から奪いとる目的で政府を運営させる。搾り取るだけ搾り取ったら、最期には、安心のために消滅させてしまう、、、と、そう悪魔的な考えもきっとあるでしょう。
 小泉以降、こうした流れで来たと思うと、非常にわかりやすいです。間違いなく、私たちは売られていますね。なので、やはり危険は危険なのですが、はたして、うまくいくでしょうか。
 
 物事には天の時というものがあり、時代の流れがあります。強制収容所的なやり方でうまくいく時代はもう去りつつある。
 イランとの開戦と、金融崩壊のゴタゴタを同時に起こし、前時代的に解決することを考えているのはみえみえだが、どうしてもうまくできないのではないか。
 時代がもう変わっていっているからなのです。

 それでも無理やりにでも戦争に持ち込み、なんとか形を作ろうとするでしょうが、果たして、うまくいかないのではないか。3月頃に戦争、、という話しが多いけど、そんなことはもうやってはいけないし、できないと思っている。
 
 しかし、あまりにあまりですね。戦争なんか、本来、起こるわけがないのです。一応、表向きは国家というのは、国民の中でも優秀な者が集まって運営されています。官僚の上にでもなると、話し方もおおらかですし、絶対に激高するようなこともない。立派な人間だかどうだかは知らないが、中には立派な人もいる。

 どの国も大体同じです。ひるがえって、我々の小学時代から、中学時代、高校、、、その中で、たまに取っ組みあい程度の争いはあったかもしれないが、武器を持って殺し合ったりしたことがあったろうか。そんなもの、あるわけがないのだ。
 
 まして、私たちよりも学力優秀で、感情的にもならない国家の上層部のエリート様たちが、運営する国家同士が、本当なら争い合うことなど、近代ではないに決まっている。それなのに戦争が絶えない、、、ということは、国家の運営が乗っ取られ、そうした争いあう方向にもっていかれている、、、と考える以外にないのです。

 実際、第一次対戦が起きたとき、あまりにひどい被害に、敵も味方も、こりゃ、ひどすぎる、、、と思った。人類の通常の感覚では誰もがそう思ったのだ。そして、第二次大戦はその数十倍の悲劇が起こり、完全に、人間感情とは別の理論で動き出した。
 こうした人類感情から言って不自然な動きは、国家が国民から乗っ取られ、国民の幸福と関係ないベクトルで動いているからなのだ。
 
 私たちは、だから、もっと通常の感覚、、、通常の気持ち、、自然な感情によって現実を見なくてはいけないと思う。過度の飢え、、、過度の貧乏、、、過度の仕事、、、過度の暴力、、、過度の争いなどに、理屈も理由もあったものではない。そんなものは、すべてインチキなのだ。誰かが、儲けようとして、力を得ようとして、上がやりたがっているだけのこと。難しい理屈で考えるからわからないような気になるだけのことだ。

 もう戦争はやってはいけない。殺し合いも不要。人類削減も不要。知恵を使えばどうにでもなる。どうにもならない、というのは、ウソ。

 勉強すればするほど、こうしたウソがわからなくなるようになっている。それは、ルサンチマンを植えつけられるからだ。人よりも良い暮らし、、、人よりも良いものを、、、という気持ちは、本来はないもので、復讐心が姿を変えたに過ぎない。
 苦しい勉強をしすぎると人間はそうなっていく。

 復讐心を持つ者は、絶対に他者を幸福にすることはできない。これはルールである。

 日本人も早く、つまらない意識を捨て、本当に全体の利益になるもの、なること、なる発想、なる発見、なる意識を、育て、世にだし、多くの人に役立ててもらわなくてはいけない。
 金がなくても、こんなに楽しく生きられる、、、というものを、早く世にだし、実践していかなくては。

 日本語の構造にこうした鍵があるのだが、それは巧みに究極の邪魔にあってきた。しかしあるものをなくすことはできない。日本人を根絶やしにするしかないのかもしれないが、ユダヤ人が生き残ったように、日本語も生き残る。