消防車数台 ヘリコプター数機
変わった危機である。通常の消防自動車が原発危機にあまり意味はないのかもしれないが、丸の内に火災が起きたときでさえ、40台くらいの消防自動車が駆けつける。国家の危機である。それだけ対応が難しいのはわかるが、これで全力を上げているといえるのだろうか。ヘリコプターに放射線を通さない板を張るなど時間はかかるのはわかるが、数機のヘリが水を四回まいた。それが大作業のようにマスコミは取り扱う。仮にも国家の危機である。あまりにお粗末すぎないか。一回に数トンの水を上からまく。それをたった4回きり。これで作業したとは言えないのではないか。炉のプールにはどのくらいの水が入るかはしらないが、すずめの涙のような量だろう。効果がまったくないので4回でやめた、というならまだわかるが、翌日もやるとか言っている。やるなら、数十期、数百機を待機させて一日中水をまく、というのなら、ああ、本当に国家の危機だと感じる。どういうことなのだろう。もう手がつけられないからパフォーマンスでやっているのか、それとも何なのだ。警察の放水車も数台出たようだが、デモ隊にはもっと多くの放水車が登場しやしないか。何度もいうが国家の危機の割りには行動がおかしくないか。パフォーマンスなのか、それとも事態を大きくしたいというのなら、こうした意味もわかるが、まさかそんなわけがあるまい。では理由はなにか。被災地にもガソリンがないため車が動けないからいけないとは、そんなことがあるのだろうか。それこそ11万体制で出動した自衛隊のもっとも得意とするような作業ではないのか。ヘリで石油をピストン輸送するくらい朝飯前だと思うが。11万人は何をしているか知りたいくらいだ。ただなんであれ、福島、茨城、などは今後長い間は人が住めなくなる可能性が高いと思う。今後の放射能の汚染地域の広がりによっては千葉、東京、埼玉も同様の状態となる可能性もあるが、今後の方向がどうなっていくかがわからないのでまだ不明。私にはそれなりに見えてきた絵があるが、それは言えない。間違っているかもしれないし、勘違いもあるかもしれないからだ。しかしもう時代が変わってしまったことは確実である。正しく今回の出来事は春負けドンであった。春負けドンとは、世界最終戦争のことをハルマゲドンと呼ぶことは聖書にもあるので多くの人が知っている。ハルマゲドンの語彙に絡ませて、日本にそれを当てはめた場合、まず、春負けからはじまるわが国の変化を、春負けドンと言うわけだ。ひふみの中に出てくる。そして変化はそこからはじまり、次に秋負けドン、夏負けドン、冬負けドンと起こってくる、という予言でもある。ただし春の後が夏であるとは限らない。個人的には次は秋かな、という予感はするが。ただしこうした予言は単に予言であって、小さな形で終えることも、拡大されることもある。それはまさにわれわれの意識にかかっている。ハルマゲドンも意識しだいでは将棋程度の争いに変えることもできるという。今回の悲劇に対する国民の態度は世界から評価されている。暴動がおきてない。これにより、こうした災害を利用しようとする悪魔的行動をみごとに抑えている。今のところ国民が勝っている。津波で消えた数万人、そして今なを命の危険がある数十万人の悲劇の上に、全国民の総意が作られつつある。総意とは、なんだかおかしいぞ、、、という気持ちから始まるだろう。