反動勢力巻き返し時期

兼ねてから予想していたが、木星がうお座に入ったとたんに反動勢力の巻き返しがきつくなっている。アメリカでも日本でも同様の印象を受ける。しかしもってせいぜい半年、場合によっては数週間ということもあるかも。どんな頭のよい人も時代の流れを向こうにまわしては勝てまい。ぼーっとしている一般善良な人を相手に、頭のよいずる賢い人がこの数百年間これでもか、、という具合に勝ってきたが、きりはあるものである。まだ多くの人はマスコミが言っていることが本当のことだと思っているのかもしれないが、心のどこかで、やはりなんだかおかしい、、、、という感じ方をしている人も増えている。感性が良い人なら、昔のおまわりさんと、今のおまわりさんから受ける印象はかなり違っているだろう。庶民の味方だったおまわりさんのイメージが、はたして今の時代にあるだろうか。むしろやくざや暴力団となんだか似たような印象をパトカーなどに感じる人も多い気がする。本当に日本人を守ってくれているのかしら、、、の疑問。そんな中で小沢関連の出来事が起きた。マスコミは小沢悪人イメージづくりに励むが、それによって時代操作の方法がかえってばれてしまった。国の富を一人占めしたい勢力にとってまずい人間は、検察をつかって脅し、その情報を誰が言ったのかわからない形の、関係者の証言によると、、、、という形で伝えるマスコミとの連携。これによって、実際はともかく悪い印象だけをつくれればもう敵は追い落とせる。こうして日本人のためになる人をたくさん葬り去ってきたやり方。田中角栄の好き嫌いは別として、彼が日本の独立を目指して政治を行ったことは間違いない。しかしアメリカにつながる勢力は自分らのメシの食いあげを危惧し、田中をロッキード事件ではめた。今となっては本当にロッキード事件そのものの存在自体が怪しいものだと思う。ありもしないことでも、金をもらった、、、と言えば、後付けの証拠など簡単に作れるだろう。一方、やってない、、、という立場は、なかったことややってないことを証明などできない。なので、悪意が必ず勝つのが理論なのだ。理論とは実は悪そのものであることを人は知らないとおかしなことになる。理論を駆使するのが要するに悪人。やくざでさえ、お前、こんなことしていいと思っているのか、、、と脅すわけで、無茶な話しであるが、一応理論武装をしている。こうしたやり方が力を持っていたのがこの数百年なのだ。そのことを今回は実証できた点は素晴らしい。その証拠にここ数日、小沢に関した報道がぴたりと止まったはず。この理由は簡単で、検察がリークし、マスコミがそれを伝える、、、、という国民をばか扱いした操作方法のやり方を民主党が批判して、種明かしをしたことにより、マスコミは勝手に記事を書けなくなったからだ。公安から検察リークのやり方にすごい不快感が出ているほどだから、この勝負は見えている。だが、検察とマスコミはここで負けると恥どころか犯罪として裁かれかねない、、、のでなんでもやる、ということだろう。アメリカともこれは一体となった防御体制であり、本気だと思う。アメリカもこれまでの支配構造がインチキ戦争を起こして金儲けする、、、ワクチンで金儲けと強制支配体制を作る、、、というものがバレてきたので、排水の陣だ。911のインチキやケネディ暗殺のインチキなどあげればきりがない。そのため弁解無用の形でしか権力は生き残れないことを知っているので、なんでもやるだろう。なので強制収容所化する可能性はまだある。結局は民衆の意識なのだ。誰が悪いとかいうのではなく、とにかく事実を知ること。そうすればすべてが入れ替わる。強制収容所にならなくて済む。日本も同じだ。結構、凄い対立が起きているわけで、国民が選んだ政権ではまずいという人たちがいるわけだ。しかしだましという意味ではやはりマスコミが一番悪らつだと思う。事実など関係ない。彼らは日本人にどういう印象を持たせるか、、、だけを考えている。操作方法としてマスコミが果たした役割は大きい。私が長嶋監督がどうしても好きになれないのも、裏に政治の役割を背負ってきたことを勝手に感じるからである。日本の行く末を決めるべき重要な政治的出来事を巨人戦が見事に隠していく、、、私は子供時代から政治に関心などなかったが、政治と野球が連携しているという直感がずっとあった。うまく言えないがそういう体質を感じていて、野球が好きになれなかった。そして面白いのは、そういう私と似たようなタイプの選手は実力があってもなぜか嫌われて球界を去っていくとか、冷や飯を食わされることが多かった気がする。そんなことで、野球というよりもスポーツに共通する政治体質をいや気した。柔道やスケートにもそうした体質を感じた。相撲も同様である。彼らはおまわりさんと同様、最初は希望に燃え、スポーツを愛する気持ちでスタートしたのだろうが、だんだんとその世界での生き方、生き残り方の方へ関心をうつして行ってしまう。朝から晩まで、もしもテレビをつけっぱなしでそれをみていたとすると、私たちもそういうタイプになっていくかもしれない。わがままで自分勝手な老人が町中に増えた印象を持つが、しらない間に私たちも自分だけの利益第一主義に洗脳され、自分が自分として生きる本当の意味と楽しさから離されてしまっているのかもしれない。