満開

春の世の夢ばかりなる手まくらにかいなくたたむ名こそおしけれ

歌でも歌いたくなる心境。開花からずいぶんたってやっと昨日満開。この週末が見どころ。どの桜がいいかは、人によって幾分異なる。咲きはじめ、満開、散る桜、、、私は散る桜が好きかもしれない。咲きはじめと散るころだと、春の実感度が違う。散るころにはかなり暖かな印象があり、さあ、行動しなくては、、、という気持ちにリンクしていたこれまでを思い出す。私の父は亡くなる年の桜を見て、これが最後の花見だろう、、、と語った。
 この年の花見が最後と父は言い盃とりてわれに与えき
歳を重ねていくとあと何回桜が見られるだろう、、、と思うようだ。あと何回タンポポが、、とは思わないだろう。やはり桜の力である。しかし枯れ木に突如花が咲くというのは、モクレンや梅などもそうだが、考えてみれば不思議。枯れ木に突如花が咲くように世の中や個人の運勢も突然変わることがある。何も悪いことばかりではない。良く変わることも多い。しかしそれは大体は行き詰ったのちのことである。まさに今の時代がそうだが、行き詰まりは問題解決を促し、不用なものをとり去ってくれる。ロンドンではデモ隊が金融街を襲ったらすしいが、彼らは自分らの敵が本当は何であったかを知り始めた。金銭取得や権力取得の限界は大規模な上昇的変化を妨げることにある。たとえば無料で電気が作れるとなると、エネルギー独占による利権は意味をもたなくなる。それに従うあらゆる機構や権力も無に帰すわけで、こうした人類のために本来ならなる変化は困るのである。科学技術も自分らが儲けるようにアレンジできるものはオーケーだが、本当に人類のためになってしまうものが出ることはまずい。むしろある程度のところで人類を縛りつけておいて、それ以上発展させず、これまでの権威や権力機構、収奪機構を維持した方がよいと考える。そしてよくばり過ぎた結果、回らなくなり、大崩壊が進みだした。それに合わせるように、日本製UFOや常温核融合、これも日本製だが、出始めた。UFOは町工場が作ったもので、発泡スチロール製。本当は重たい方が安定して動きやすくなるらしい。軽いから動いているのとは違うということだ。垂直上昇、空中停止、前進後退、自由自在である。その公開が二日ほど前に行われたらしいが、当然、ニュースなどでは取り扱われない。しかし海外からの引き合いは凄く、こうして日本の天才的技術はまた海外に先に持っていかれる。日本の上層部はアメリカべったりというか、自分から彼らにおもねてよろこんでもらうという太鼓持ち的体質なので、それを踏襲したマスコミはこうした科学技、人間を解放に結びつける科学技術の発見などのニュースは決して流さない。その自己防衛の判断力は本当に本能的レベルで凄いと思うほどだ。水の電気分解から水素を取り出し、そのエネルギーを利用して電気自動車が大阪の町工場でできたという最初の二ユースは見たが、やはり思った通り、その後についてはまったくどこも報じない。環境問題を根本解決できるのに、彼らは本気で環境問題などに取り組んでいるのではない。環境、環境と言って、また自分らが支配できる範囲での金儲けのシステムがつくりたいだけ。気持ちが悪い話しである。水で走る車でいいではないか。なぜ広めない。エンジンのない飛行機が垂直上昇し、垂直に下降し、空中停止し、自在に動ける、、、それが町工場でできるのだ、取り上げて援助してあげれば日本は全人類に貢献できるではないか。なぜそれではいけないのか。なぜ、フリーエネルギーを発明した大天才たちを学会から締め出してきたのか、、、、。だから一度壊れての方が全員のためになる。当初は大変だと思うが、あっという間に私たちはユートピアを作れる。結局良いものをストップさせてきたのは、人間の欲と、それと同じくらい大きな、人間の劣等感なのだ。劣等感の強い人があらゆる上にたって現在のシステムが維持されている。人間性の問題であり心の問題がこの世のほとんどの問題を作ってきたと思ってよい。
 ああ、あのUFOすごいですね、、、と、素直に言うだけでいいのだ。それが言えない。
 隣の御主人、お給料が100万円ももらってるみたいよ、、、と、ただ凄いなと思って奥様が自分の旦那に言ったとたん、旦那は怒り出す。旦那は自分がそこまでもらえないことが自分のコンプレックスを刺激することに堪えられないからである。するとその家ではお給料の話しができなくなる。NHKも日本の民放も同じである。発布スチロールのUFOがすごいと言えない。常温核融合が日本で完成していると言えない。しかしよく考えてもらいたい、もうそんなことをしている場合ではないだろう。本当に良いものをだしてあげて、人類に貢献するのが大切だろう。自分だけ守るつもりかもしれないが、そんなことでは自分すらも守れなくなるのではないか。裸の王様がもう裸であることは、みんな知っているのだ。風邪ひかないようにそっと服をかけてあげて、あとは正しい、事実を述べることが、マスコミにできる罪滅ぼしではないか。