立春大吉

立春です。おめでとうございます。一面雪景色の中での立春。中国では帰省客が大雪で足止めをくらい、身動きが取れない状況が全国的規模で起こっています。一刻も早い救出を祈ります。温暖化と思っていた今年の冬でしたが、十分に寒くなりました。世界的にも大雪が多いよう。今井道子さんの話だったと思うが、みんな温暖化温暖化と言ってるけど、北極の氷が溶けたら北半球の暖流の流れが変わり、反対に寒冷化が進む可能性も高いのよ、と。いずれにせよ異常気象ということ。天変地異というのは、人間の世界の異常性とリンクして進む。自然と人間の営みは独立しているのではなく、つながっている。人間がおかしくなると天変地異が起こる。彗星などはその典型とか。今から10年以上前に見た、百武彗星の凄さが忘れられない。東京や都市圏からは百武彗星は見られず大した話題に上らなかったが、私は信州の山の中で見た。それは恐ろしい光景だった。あまりに出来すぎていた光景。この彗星はある日突然やってきた。確か3月だったと記憶しているが、直前になって発見され、あっという間に地球にやってきた。全天の半分以上を占めた巨大彗星だった。ぼんやりした軌跡だったらしく都会からは見えなかったのだが、空気のきれいな信州の山の中でははっきりと見えた。全天の半分以上にわたる帯をなびかせた大彗星は、見事に北斗七星のひしゃくを貫いていたのだ。これは占い師が見たら第一級の驚きを意味する。ひしゃく、北を犯す。動くことのない北のひしゃくを犯した大彗星とは、容易ならざるしるしなのだ。確かにその直前にソ連は崩壊し、その後ロシアは復興してまた大国の道を歩み出している。北方の異変が大きな時代の変革を予知していた。こうしたサインは一過性のものと違い、その後の大きな時代の変革を意味している。ひしゃくを貫くような大彗星があらわれた記録など調べたことはないがないと思う。その貫き方が偶然とか何となくというレベルでなく、極めて暗示的であった。北の国の変化が地球規模での大変革を促すのだろうか。北と南で言うと、南北が争う戦争のほとんどで実は北が勝っているらしい。食料危機があると北は南下せざるを得ない宿命がある。ドル崩壊。金融崩壊。食糧難。そして天変地異、自然災害、ウイルス。こうしたことを覚悟しなくてはならない時代になりつつある。急速に。しかしそれでも時は回り、赤子は生まれ、人は成長していく。今年も立春がやってきてまた新しい年が始まる。時代が大変であるほど、夢も希望も、生きる意味も重みを増してくる。将来の安全性がないかもしれない、となると、一事は不安にもなろうが、つまらない安全を求めるよりも、自分らしく生きたほうがいい、、、と人は思い出す。そうやって本当によい時代を作っていけばよい。私にも今年は色々な計画がある。一番の期待は、この春に西武ドームで行われる、第10回国際バラとガーデニングショウへ出展する企画。5月14日から19日までの6日間。ぜひ西武ドームへいらしてください。所沢の近くです。新しいアイローズである、星のローズシャワーも出展。販売ブースでの出展です。
 秋に予定されている紀尾井小ホールでの和歌の披講の講演も重大イベント。こちらは仕事とは異なるが、やはり成功させたい。あとは7月には星と森国際短歌大会もあるしで、忙しいのは毎度のことである。
 その中で私は自分のスタイルを追及しては来たが、その形がまだ安定していなかったこの5年だったと思う。今年はある程度安定した形をつくりたい。ヒルズに調香室を作り、オフィスは近くの駅前にしてシステム化をはかるなど、自分なりのイメージに従おう。とにかく好きなことをやる。
 ユーザーやお客様も大切にしていきたい、、、という気持ちは変わらないが、一月発行予定のメルマガも早々に遅れていて申し訳ありません。内容は出来ているのですが、システム上のことがわからず、担当の方とのミーティングが忙しくて進んでいないため、もう少しお時間をいただきます。そんなにはお待たせいたしませんん。 基本的に年四回行っている妖精茶会も開いていきます。色々な趣向で行いたいですね。音楽だけは毎度つきものですが。妖精茶会は大した内容ではないのですが、毎回、熱心な方々がいらしてくださるので、私は何もやらなくても盛り上がってくれます。本当に何もしてませんよね。みんなにやっていただくというスタンスが楽しくて面白いです。私は毎回、披講をするだけ。食事会スタイル、お茶会スタイル、音楽界スタイル、香りつくりや石鹸つくりのワークショップスタイル、、、色々ありましたが、失恋、、、とか、憎しみ、、、とか、ひとつの心理的なテーマで集まり、皆でお茶とお菓子で話あう、、、というスタイルも一度やりたいです。やる前にここだけの話にする、他に口外しない、いいづらいことをとくに話す、、、というようなルールを作って話しあったら深く掘り下げられるかもしれませんね。人は話すことで楽になるし、次のステップに行けます。そういう機会が現代では少ないのでいいかも知れません。恋人同士など、本当は言いにくいことを言い合う、、、それだけでうまくいくのに、都合が悪いことを話さす、自分のよいところだけみせようとするから、かえってうまく行かなくなるのです。関係ないけど、今凄い雷。家が震えています。昨日は雪の中の必死のドライブ。今日は雷。色々ありますね。村上龍の処女作、限りなき透明に近いブルーの中に、ややパープリンな女の子が、地面に石で何か書きながら、あたしさ、小学校の頃、絵をかいて褒められたことあるんだよね、、、、というような場面があったと思う。とても感動的だった。不良でパープリンでこの先どうなるのか不安な女の子が、たった一つの自分のプライドを満たせた記憶を語る、、、こうした正直な会話が時代とともになくなっていっている。そのせいで、誰もほっと一息をつけなくなっている。知らないうちに自給いくらで働くか、月給いくらではたらく以外何もない軽い存在に貶められてしまっている、、、。ダメだね、こういう時代は変わらなくては。