このまま春
一ヶ月は季節が早いですが、これが温暖化の影響だとしたらあと15年もしたらどうなるのか心配。温暖化の問題をあまり日本では真剣に考えない傾向だが、本当は大変なことらしい。数十億人が死んでしまうような、そういう事態も考えられるのが温暖化らしい。ひと言で温暖化というが、場所によっては異様な寒冷化も進むところもあり、要するに地球が病気にかかったわけだ。地球には自助的な力があるので、地球は自分の病気を自分で治すことが実は出来る。地球にやさしい、なんて人間が言う必要はなく、地球は人間になど頼らなくても自分の病気を修復することは簡単。大地を動かし、海底を持ち上げ、山を海底に沈める、、、、そういうことがたった一日で出来てしまう。しかしそうなると地上にいる人間や動植物は地峡の病気と道ずれに海底に沈められてしまう。なにせ、一晩で山脈を築いてしまう大地の神さまを怒らせたら、地球に優しいどころの話ではない。まず私たちは恐れなくてはいけない。こうした大地の力を。大地は実は地球の肌であり、皮膚だ。人間の皮膚の凹凸よりも地球の表面はなめらかだという。地球の皮膚は土である。大地の神様が産土の神様だ。産土の神様はその地に生まれて育った人間の名前をすべて覚えているという。コンピュータシステムは人間が作り出したが、人間がつくるものの雛形はすべて神が持っている。だからコンピュータシステムは当の昔から神々の世界にあったと考えたほうが自然。産土の神様が私たちの顧客情報をすべて網羅していて、私たちがどこか別の場所に離れたときでも、その情報をそちらの神様に送ってくれる。だから生まれ故郷から離れて暮らす際にも、近くの神社に行って、私はどこそこで生まれ育った、何々というものです。縁あってこちらに住まうことになりましたので、ご挨拶に参りました。どうぞよろしくお願いいたします。とおまいりすると、あちらでは、その生まれ故郷と名前を聞くとたちまちアクセスして、ああ、お前か、そうか、じゃここで頑張りなさい、、、ということになる。産土の神様がなぜ大事なのかは、こうした働きをどこにいてもやってくださるからだ。これは大地の神様である。大地の神様はやさしい。自分の肌で人や植物、動物を守ってくれる。すなわちお土のことだ。そのお土を私たちは足蹴にしている。コンクリート詰めにして息ができぬようにしている。苦しくなってそれを取り払ったらどうなるのか。コンクリート詰めの大地は産土様への非礼極まりない姿なのだ。コンクリートをはがし、緑を植え、そこに人が集い、歌舞音曲文化芸能を楽しめば、現代の問題の実は9割以上が解決する。しかしそういうことは上の人にはわからない。広島のどこかの廃れた町で、このままではどうにもならないということで、お雛様を展示して人を集めよう、という企画が大当たりしているらしい。さもありなんである。企画の中心になっているおばあさんは、お金も入った、たのしい、面白い、みんなやる気になっている、、、、と興奮していた。そしてふるっているのは、男ではできない、女だからできた、、、官僚、秀才、男、、こういうのが中心になって行うものは、なんですべからくうまくいかない時代になったのだろう。ここに産土の神様が関係してくる。一度そこに戻って、お土のお陰に気がつき、始めたことしかこれからは伸びないと思う。