火星、土星が合

火星と土星が獅子座でほぼ完全に合。そこにはプレセペ星団があるので、目が突然悪くなる、と言う人が増えるときです。プレセペとアッセライという場所は目が悪くなる度数。そこにマレフィックの火星、土星が来ると、目医者が儲かっているでしょう。おそらく。実際の目意外にも、見誤ることがおおい時期でもある。人は見ていて見ていない、ということが多い。その昔、突然目が見えなくなり、以降失明した少年が言った。お母さん、僕、よく見えるよ。母は驚き、えっ治ったのかい、、、と尋ねると少年は静かに語る。お母さんが僕のために色々なことを気遣い、何を考え、どんなに僕に対する思いに満ちているかが、今では手にとるように見えるんだよ、、、、。母は涙となるわけだが、私たちは一体、日々何を見て暮らしているのだろうか。同じ事を体験しても、人によって見ているものが違う。事実はそれぞれ都合よく解釈され、次第にゆがんでいく。事実をありのままに見るとき、現実は美を伴って迫ってくるという。花は紅、柳は緑、、とは、ありのままに世界を見たときに感じられる美しさである。美人というのには色々な定義があるのかもしれないが、その人の本質が顔に表れて輝くときが美しい。それが善でも悪でも事実である時は美しい。だから人は今の状況をただ認めることが大切なのだ。人から冷たいことを言われたら、そんなに言われたら悲しい、、と思えばいい。何をいうの、あなただって、、、と思うのは一見自然なようでいて、ややこしくなる。バカと思われたら、そういう面がきっとあるのかもしれない、、と思えば楽だ。しかし、こんなことがいつもできるわけにはいかない。ならば感情の自然さを思えばいい。バカ、といわれたら、反発し、冷たくされたら怒り、むしゃくしゃしたらあたりたくなる、、、これを感情の自然と受け入れる。逆に、褒められれば謙遜し、大事にされればやさしくなる、、これも感情の自然である。感情は素直に反応するだけでいい。それ自体にそれ以上の意味を持たせない。ばか、といわれたらムッとして反発したくなる、感情の自然を受け入れ、そしてそれにこだわらない。事実だけを認める。大体は、確かにバカな面があり、また意外にバカでない部分もある、、、それが大体の人間像であろう。感情の自然を認めないと、感情に振り回されて行き着くところまで言ってしまう。私はバカではない、、、、というと、うその部分も出てくる。そなると意地を通す意外なくなる。道が狭くなって苦しくなる。感情の自然を認めると、事実は事実として対処したくなってくる。だから道を踏み外さない。感情の法則を理解することは重要である。マドモアゼル愛の心と感情の法則、500円、は愛ショップでお求めで来ます。と、なんだか最後は宣伝にして締めさせてください。