ご心配おかけしました

日記で倒れたようなことを書いたので、皆様にご心配をお掛けしました。かなり良くなっておりますので、ご安心ください。寝不足がいけなかったようです。寝不足が続くと寝ても寝つきが悪いような気がします。神経が高ぶっているせいかも。私はもともと水曜日生まれだから神経が細いほう。悪いことはできない生まれです。悪いことをするには、どうしても神経の太さが必要になる。たとえば、普通の人には人は殺せないらしい。いざ、そうなっても、体の本能的なものが止めに入るらしい。だから実際に人を殺してしまうのは、一種の神がかり状態でしかできないとか。トランスを人殺しに使われてはどうしようもないが、トランス状態で文化的な行動をされたらこれは素晴らしい。バリの舞踊では、実際にトランスに入る。蛙やトカゲが鳴く中、ガムランの音と共にトランスに入っていく踊り手、、、これは確かに魅力的な世界だ。私は一週間にわたって毎晩バリの舞踊を見たことが昔あったが、宿に帰ってからも神話の世界に自分が生きているような気がしたものだ。私の好きな言葉に、というか、勝手に作った言葉だが、神話世界は終わっていない、、、がある。バリの夜だけが神話の世界ではなく、私たちは今でも神話の世界を生きているのだと思う。この世は神秘に満ちている。今でも神話世界は終わっていない、私たちがそれを受け入れさえすれば。心の中には制限のない自由な世界がある。心をキャンパスと捉えてそこに絵を描けばいい。と言って白昼夢を楽しむのではなく、心の世界に現実があり、あの世とこの世が深く交錯している、それがリアリティなのだ、という感覚だろうか。イラストレーターの横尾忠則は夢ノートをずっとつけていると聞いたが、ついには夢と現実の区別がつかず、どちらが本当かさえわからない、、、的なことを確か昔に語っていた。荘子の中にも同じ話がある。胡蝶の話だ。リアルな現実は実は神秘だった、ということ。だから神話は終わってないのだ。試験に落ちても、お金を失っても、別れても、振られても、、それは神話の一場面なのである。それで終わりはしない、そこから物語が始まっていく、、、、。苦しいときには岩が開く。オープンセサミ。さあ、物語のはじまり、、、。こういう考え方があってもいいとおもう。というか、子供はいつもそうである。だからあちらの世界からエネルギーが届けられる。元気でいられる。大人の世界観は本当につまらなくなっており、そのこと自体に本人が耐えられなくなっている。今、必要なのは神話である。神話をどこかに求める必要はない。すでに神話世界に私たちは生きているのだから。開けゴマ、、が正解。