冷たい雨だけど
寒いことは寒いけど、寒さの中に暖かさが入ってくるのを感じるこのごろ。陰陽の考えは、極陰、極陽、を出発点として、その中に徐々陰陽が増加することが基本。わかりやすく言うと、オセロがすべて真っ黒な状態が冬至。その日を境に、ひとつづづ、白が増えていく。そして半年後にすべてのオセロが白になると、夏至。夏至以後、一日にひとつのオセロが黒に変わっていく、、この繰り返しが陰陽論。夏の中に冬があり、冬の中に夏があるという考えである。確かにそうかもね。今朝は寒いのはわかったが、朝起きてみて、寒さの中に暖かさがあるので、温度計を見たら、真冬の温度だった。不思議な気持ちがした。温度だけではない、何かがある。湿気か、または体が寒さに慣れた、ともいえるだろうが、それだけではない。体にはきわめて鋭敏なセンサーがあるのだと思う。私は馬券を買って仕事をしているとき、もちろんラジオも聞けないし、テレビも見れない。しかし、自分が買った馬が着たかどうかは、大体、その時の感覚でわかるようになった。そういうことが感覚でわかるようになったのは、40歳を過ぎてからである、今では大体間違わない。というか、馬券を買った後に、すぐにわかる。ああ、来るな、来ないな、、、、という不思議な感覚。みなさまはそんなことどうでもいいよ、とお思いになると思うが、私にとっては不思議。せめて買う前にわかれば何の問題もないのに。とにかく、年齢とともに人間には不思議な感覚というか、超能力と言うか、そういうものが芽生えるケースが多い。とくに女性には多いような気がする。昔、読んだ本で、女性は女神につながっているので不思議な力がある、、と言う。そして感激したのは、閉経した中年以降の女性についての口述だった。若い女性は女神とつながり、閉経した女性は女神そのものになる、というのだ。人間であり、女神である女性。そこには力がある。ただその力を女性自身が信じていない。また女性がそうした力を失うのは、ではどういうときか。その力を好きな男を自分に引き止めることに使ってしまうという。確かに女性が女性の不思議な力を男を引き止めるためではなく、社会のために使ったとき、男性にはできないとてつもない大きな存在になる。例をあげれば数え切れない。私の母も今考えると確かに超能力のような不思議な力を持っていた気がする。母は何にその力を使ったのだろうか。子供を4人も育てたのだから、不思議な力の加護がなければ無事に育て上げられなかったことだろう。女性の力を結集して凄いことができるはずだ。国も女神になったおばさんパワーの上に新しい国つくりをしたらいいと思う。きっと物凄い力を発揮し、あっという間にこの国を変えるだろう。おばさんの力を使える人が結局天下をとるのだ。徳川家康もそうだったよね。