2003年03月14日(金)曇り

人間の悪魔性が問題を起すことも怖いけど、未熟性が起す問題の方が、方向がつかめなくて怖い、ということがあります。今起きている国際情勢はまさにそうで、とくに日本では未熟性が際立った問題が起きている。よく未熟な中学生が、テストが近づいたのを気に病み、学校に火をつける、、、という事件がありますが、日本にもそういう恐れを感じます。金融の破綻を、政治的責任から逃れるために、さらに恐ろしい事態を利用する、、ということがあるのではないか。日本が好き、というのと、日本国が好きというのとでは、違いがあって当然ですが、今、日本国が好き、という人は、少なくなった気がするのは私だけでしょうか。国っていうのは、けっこう無責任なことをするものなのです。まず、紙一枚で徴兵し、その命を好きにできるというのは、おかしな話なんです。そこまでの責任を負わせるなら、国籍完全自由化を世界各国共通で行うべきなんです。へんなことをする国からは、人は少なくなり、結果的にできなくなります。戦争なんか、起せなくなるし、もし起したとしても、そこにいるのは、本当の愛国者、ということになり、いいのではないでしょうか。あらゆる国際問題は、国籍完全自由化で解決します。数少ない国に人が集まりすぎる、ということになれば、他の国もそれにならって、やはりいい国にする以外に道はなくなります。人が国をえらぶのは自然ですが、国がひとの命を預かる、というのは、完璧におかしなクレージーな話であることに、なぜ多くの人は文句をいわないのか、不思議です。しかし答えは簡単で、そうしたら、国は怖いからです。要するに、国は権力をもちたい人の道具に成り下がってしまったということなんです。しかし、いずれ国家幻想は崩れる時代に入ります。もし崩れない国があるとしたら、それは恐怖政治を完璧に行うか、ということになりますが、時代遅れなので、やはりいつかそれではダメになる気がします。本来は、国はそこに住む人々に、なんでも与え続けることにつきます。与えて与えて与え続けることで、維持されるべきなんです。そんな理想、、と思われるでしょうが、赤ちゃんでも経済でも、あるところからしか物も愛情も流れることはないんです。それが本当の姿なんです。すると、すべての回転がうまく拡大するんです。土地を与え、金を与え、愛情を与えると、倍になって戻ってくるんです。理想ではなくてこの世の事実なんですが、何でもどこでも収奪することしか考えないので、おかしくなっているのでしょう。赤字国債の乱発も一見与えているように見えますが、あれはいったん収奪したものを一部の人間達に再分配する不公平なものですから、票を買っているのと同じことで、与えているのとは違います。基本は与え続けること。与えているから、赤ちゃんは立派に育つわけで、子供が自立できる前に、働かざる者食うべからず、、などを植え付けると、これはろくなことにはなりません。与え続けると、実は経済は不景気知らずになります。余剰分の金がすぐに市場に再吸収されるので、不況がなくなります。まあ、それはいいとして、イラク状況も大変ですが、北朝鮮問題はさらに深刻ですね。本当に日本に爆弾が落ちてくる危険すらあるのですから。また試験前の学校の火事のように、それを利用されたら本当に困ってしまいます。しかし、人間も未熟なら国も未熟です。本当に何が起こるのか、わからない時代に入りました。