2002年08月16日(金)晴れ
やっと風が止んだ。10日間吹き続けた強風。風が止んだら刈った草に火をつける予定だったが、やっとできた。草を燃やすと、独特の感覚になるが、もしかしたらマリファナのような成分が普通の草にも含まれているのかしら。とにかく、気持ちが悪くなります。今、畑にはトマト、きゅうり、ナス、しその葉、かぼちゃ、しかないので、葉ものが不足。そこで花畑のコスモスがすでに終えていたので、急きょ畑に早がわり。小松菜畑になったのだけど、この日照り、芽は出たものの、水不足が心配。それにしてもですが、今のトマトは最高です。日照りが強く、雨がすくないため、トマトの甘さ、味わいは今が最高でしょうね。トマトは体に確実に良いですね。毎日食べてみて、なんとなくわかります。昔から、トマトが赤くなると医者が青くなる、ということわざがあるとか。雪印以降、食品の問題が色々とでているけど、本当に悲しいことですね。体に悪い物や、食品の安全性を無視する態度は、死刑にされてもおかしくないくらいのことなんですよね。弱い人間ですから、つい目先に利益に走ってしまうのは人情としてはよくわかるのですが、国はやはり真剣に食の安全を守らなくてダメですよね。本来食は儲けの対象にしてはならない分野のものなんです。食が儲けの対象物になるため、あくどいことをしても儲けたくなるのですから。偽の表示や賞味期限の改ざんなど、当たり前のようにやられていたわけで、そんなのはどんなに凄いビルがあろうが、どんなに凄い交通網があろうが、恥ずかしい限りで、問題外の国と思われても仕方ないんです。しかし、儲けのためにそういうことができるセンスがあまりに格好悪いし、未熟さを感じますね。もう、時代は人をだましたって、設けられないところまで進んでいるんです。食品業界は、はっきり言って、遅れています。そんなリスクを犯してまで、小金を儲けたかったのだから、本当の悪人ではないのでしょうが、だから困るんです。自分を善人だとおもっている未熟な人が、一番問題を起すんです。食品業界がこうなったのには、役人がその後の天下り先となる、そういう構図があるはず。本当にみっともないからやめて欲しいです。日本人の体をダメにして、それで自分達の老後の保身をはかるようなことをしても、おそらくその人は気持ちの上で成仏できなくなると思うんです。人生って、そんなに甘くできてないところがあって、ただ自分の利益だけを守っても、その本人が実は納得できない、そんな風になっていくんです。損するんですよ結局。やはり、どこかに、自分自身に対する誇りがないと、人生は幸福にはまっとうできません。ちゃっかりお茶目にいきているだけでは、最後は実はいきずまるんです。昔、一個数百万えんから、それこそ数千万円のダイヤを売る天才セールスマンがいたらしく、わざと、イミテーションのダイヤを持って、奥様方にこう言うらしいんです。奥様、このようにイミテーションのダイヤでも、実は普通には見抜けないのですが、絶対にだませない人が、やはりこの世の中にはいるんです。それは、奥様、奥様ご自身なんです、、、と。私が言ってもおそらく千円のダイヤすら売れないでしょうが、何か説得するものがあったのでしょうね。この殺し文句で飛ぶように売れたとか。結局、自分はごまかせない、というのは、やはり正しいんです。人間は、自分に対する誇りを失っては、本当には生きていけないようにできているんです。昔、アメリカインディアンは、白人から一定以上の辱めを受けたら、自ら死んでいったといいます。あまりにひどい扱いをうけたら、以降、自分にほこりがもてず、死を選んだとか。生きるのに誇りが必要であることを、よくわかっていたんですね。そう考えると、日本人ももちろんそうですが、しかし、白人の先住民族に対する行いには、本当にでたらめなものがありました。アメリカインディアンに対しても、また、オーストラリアの先住民に対しても、やはり限度を超えた行いをしています。そのことで、白人は実は大変な損失を今も受けているんです。自分達の歴史に対する誇りが、建て前にしか建設できなくなるから。日本人もアイヌに対して、ひどい歴史をもっており、こうしたことは、実は一番深いところでの自分達に対するアイデンティティを実は破壊することになるんです。簡単に言えば、頭がわるかったり、知恵遅れだったり、体が不自由だったり、例えばそういう人を、単に普通と違う、というだけでいじめるようなことをすると、もうその人は、決して幸せな人生を送れなくなる、ということなんです。昔、大変な秀才の知人がいましたが、私はなぜかわからないけど、直感的に、このひと、昔に知恵遅れの子供をいじめたことがあるな、というひらめきがわいてきたんです。もっと怖いのは、この人は、今は非常にいいけど、いずれ、そのことによって、幸せには生きられなくなる、という、これも直感が訪れたのです。私は上手に知恵遅れの子供に対する、その人の感性を問いただし、やはり、そうか、とがっかりしたのですが、その秀才はやはりあまり幸せな生涯を送りませんでした。はじめはいじめられた子の怨念では、などと考えたのですが、そうではなく、自分に誇りがもてないから、幸せになれないわけなんですね。では、どうすれば自分に誇りがもてるようになるのでしょう。また、いずれ一緒に考えましょう。