2002年01月10日(木)晴れ

一週間も日記を書いていませんでした。仕事はじめで多忙だったよ。しかし、タクシーに乗るたびに運転手さんに、私は必ず、景気はどんな感じですか、と聞くのですが、今年に入ってからというもの、みんな一層悪くなった、といいます。繁華街に人がいないというのが、ほとんどの運転手さんの意見。今年に入ってから、またムードが変わったとのこと。何だかわかる気もします。異常な円安はまだ進むでしょうし、政治も変わらず、政策もはっきりしてないし。一番怖かったのは、景気はどうですか、と聞いた一人ですが、いきなり笑い出し、しばらくやまらないんです。しかもその笑い方が、まったく健全でない感じで、うひひっひ、とくぐもった笑いなので、思わずタクシーを降りたくなったほど。やっと笑いが止まって言い出したのは、あたしゃ何があってももう驚かないね、この国はもうだめだね、と、また笑い出すんです。またその笑いがやけに長いんですよ。怖かったですね。こういう人間がついに現れたかと思うと、やっぱり何かあるんでしょうかね。しかし私にはどんどんいい時代がおとずれてるように感じられて仕方ありません。なんだか、非常に過ごしやすくなってる、というのが、この数年の感想。その昔、中学生だった頃、漠然と感じる、何も変わらないと言う感覚が、本当につらかったのを思い出します。テレビには水前寺清子、和田アキコなんかが出てて、和田アキコは今も出ていて、勘弁してください、って感じですが。高度経済成長で、皆が同じことをやろうとし始めて、学校も当たり前のように、当たり前のことしか言わず、私は本当に絶望して、この時代には、死んだふりして生きるしかないと、反抗するのもバカらしい気分でいたのです。早く、学校を出て、好きな生き方をしようと、そればかり考えてました。大学の授業にも出ず、就職もせず、ただ、お金だけは好きだったので、お金儲けだけは真剣に考え、実行して、それからはけっこう楽しかったのですが、まだまだ、私の感覚と、時代は、かなりずれていた感じがしてました。それがこの数年、確かに何かが変わってきて、自分を隠さないでもいいと言う感じの時代になったきた気がします。未来が、怖くないと言う感覚。本当は、まだまだ悪くはなるのだけど、さらに深いところでは、どんどんよくなってるんですよね。しかし、芸術家というのはやはり凄いと思います。20世紀初頭の芸術家の絵などを見ると、これから始まる100年が、文化的、芸術的感性にとっての死そのものという、絶対的なあきらめを描いているんですよね。大本教の開祖、出口なをも、工場のサイレンがなるたびに、ああ、女工さんがかわいそうに、と、つぶやいていたらしいです。これから始まる100年をしっていたんですね。タクシーの運転手さんの言うように、今はまだ悪くなっていくのかもしれないけど、あらゆるものが力を失っていく中で、見えてくるものがあるはずなんです。それはなんらかの力が主張しているときには見えないものなのです。声の大きい人が勝つ時代は、ありがとう、もう終えています。