2001年12月25日(火)晴れ

メリークリスマス。暖かい穏やかなクリスマスです。冬至も過ぎ、陽は陽転し、もう短くなることは夏至までありません。復活の太陽のお祭り、が冬至であり、クリスマスなのでしょう。キリストの誕生日は不明ですから。しかし、イエスは馬小屋で生まれたのですが、日本の聖徳太子も、馬屋の王子的な言い方をします。なんだか不思議。きっと関連ありでしょう。意外に世界の歴史は、裏でつながってる部分が多い気がします。関係ないですが、有馬記念は、また大荒れでした。またマンハッタンカフェが優勝して、アメリカンボスという人気薄の馬との組み合わせで、48000円以上の大穴でした。菊花賞同様、まだアメリカ関係が続いて出るとは。結局日本は、今年、親分がアメリカであることを悲しいかな再認識させられる年だったので、アメリカンボスがきたのでしょう。私も、実はアメリカンボスは買っていたのですが、残念、1-8  1-9 1-12 で、1-4はなし。また来年に期待です。競馬の面白さは、終わったことにはこだわらない明るさにあります。どんなに負けても、また来年、また来週、また明日があるさ、、、という感じ。常に前向きなんです。人生も本当はそうですね。おわったことはもうどうでもいいと言っては何ですが、実際はそうなんです。大事なのは今とこれから。しかし、多くの人が、過去にエネルギーの多くを使っています。過去の失敗や後悔に縛られ、エネルギーを流出させているのです。過去に縛られると、多くのエネルギーが消えて行きます。もったいない話です。エネルギーは考えていることに向かって流れますから、考えている対象が、実体でない場合、たとえば、過去の自称や過去での人間関係などですが、エネルギーは実体がない分、どんどん流出します。いつまでも若く、なんだか妖怪のような、薄気味わるくなるような元気な人がたまにいますが、どこかでエネルギーをもらっているのです。それは、誰かに自分に対する執着を起こさせているのです。もし、私達が、だれか過去の人に激しい執着を持ったとすると、その人から、沢山のエネルギーが執着した相手に流れます。その結果、執着された人は、元気になっていきます。それは愛着でも、憎しみでも、同じです。もっと簡単に言えば、私達が誰かのことを考えるだけで、その人に、自分のエネルギーが流れていくのです。私はそのことを若い頃、自分の失恋によって知りました。失恋の悲しみで、毎日、以前の恋人を思い出していたのですが、私のエネルギーは激しく落ち込んでいきました。しかし、その分、相手は元気になったいくのです。では、誰かに執着された方が良いのか、ということになりますが、それは違います。激しいエネルギーの流失は、過去や幻想に多くながれる時におこりますので、その恩恵を受ける存在も、今と未来につながる時系列とは異なる、幻想の中でのエネルギーキャッチとなります。そこでのエネルギーのやりとりは、お互いに今と未来につながらない宿命をおいます。原油で動くモーターが幻想上でのエネルギーのやりとりだとすると、ガソリンで動くモーターが現実のやりとりです。圧倒的な量は、幻想の中に流れますが、それをやっていると、やがて、モーターは不純物で汚染されていきます。幻想世界のエネルギーを奪いながら生きている人に、どこか、薄気味悪い雰囲気を感じるのは、そのため。やっぱり人は、今を一生懸命に生き、未来に夢をいだかなくてはいけない存在なのです。ただ、今元気がない人は、きっと、幻想の中に自分のエネルギーを流していると思います。過去の失敗や、過去に傷つけた人などに対して。今と、未来とを見ようとすることで、その関係から脱皮しなくてはなりません。ちょうど、冬至過ぎて、太陽が復活しだしました。今と未来に生きるチャンスです。しかし、やはり、有馬記念は残念だった。この場合、馬にエネルギーが流れるのかな。くやしい。

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